2019/04/17 清瀬散歩 03 小さな公園/上清戸公園/稲荷神社/清瀬元町浄水場/芝山立体交差/清瀬病院跡地

どんどん南下し、西武池袋線の線路を渡る。




◆小さな公園

google mapには「小さな公園」と載っていたが、現地には公園名は無かった。




◆上清戸公園





◆稲荷神社






清瀬元町浄水場







◆芝山立体交差

2018/11/24 清瀬散歩 06 馬頭観音/芝山立体交差/図書館通り/清瀬中央公園/松山自然遊園地 - ovanの社会科見学
以前来たことがある場所。





清瀬病院跡地





 清瀬における結核治療の歴史は、昭和六(1931)年に「東京府清瀬病院」が開院したことに始まります。
 発端は、昭和二年の東京府議会で府立結核療養所清瀬設置が可決されたことでしたが、当時の清瀬村議会はこれに反対の陳情書を提出。一旦、この計画は中止となりましたが、翌年再び清瀬への設置が決定されると、これに対して村議会はさらなる反対の議決と、それに同意する地元住民の陳情書を提出し、当地への結核療養所の設置に反対の意思を示しました。
 しかし、当時の小島長太郎村長は、無医村であった清瀬村の医療の充実を図るため、療養所の設置を了承。昭和六年十月に「東京府清瀬病院」が開設。
 当時の清瀬病院は、赤松の雑木林に囲まれたおよそ11000坪の敷地に100床の病床を持つ療養所でしたが、利用者の増加によりしだいに800床を超す大療養所となりました。
 周辺には、昭和八年にヨゼフ・フロジャク神父による「療養農園(現在のベトレヘムの園病院)」が開園。さらに同十四年「傷病軍人東京療養所と共に厚生省へ移管となり、「国立療養所東京病院」と名称をかえ、2000床を超える大病院となりました。
 当時、十五もの結核関連の病院が建ち、約5000人に及ぶ人々が療養生活を送ったとされ、見舞客が増加。駅周辺も活性化し、清瀬の名は全国的にも知られるようになりました。
 ところが昭和四十五年一月、同病院の第十四病棟西側から出火。古い木造病棟五棟を全半焼する火災が発生。このことで二月に昭和六年から引き継がれた清瀬病棟の閉鎖が決まり、療養中の患者は「東療病棟(傷痍軍人東京療養所の場所)」に建てられた新病棟に移され、清瀬病院の歴史に幕が下りました。
 作家の吉行淳之介が昭和二十九年「驟雨(しゅうう)」で芥川賞を受賞したのは、清瀬病院で手術を受けて、療養中のときでした。
 清瀬病院跡地は、清瀬市指定有形文化財「外気舎記念館」と共に、国民的疾患であった結核治療の歴史を物語っています。周辺地域には現在でも結核研究所や日本BCG研究所が所在し、世界規模で結核の撲滅に貢献しています。



続く。

2019/04/17 清瀬散歩 02 清瀬へ/清瀬金山緑地公園/金山橋/地蔵菩薩像/稲荷大明神/中里富士塚

清瀬金山緑地公園から東京都清瀬市になる。
柳瀬川が県境だと思っていたら、どうも微妙に違うらしい。



清瀬

のどかな風景が広がる。




入間から飛んだか、横田から飛んだか・・・・。




やはりのどかな風景が広がる・・・・。





清瀬金山緑地公園




















「武蔵野の風と光」がテーマとなっている。
本公園は、武蔵野の面影
を残す清瀬市の風土環境にふさわしい。
引き折々の変化をもたらし、野鳥の囀(さえず)る雑木林を吹き渡る風、梢に
輝く陽光。さらには小川が流れ、雲を映し、夕日に染まる池水は、
かつての武蔵野のイメージとして表現されたもので、市民の憩いの
場となり、生活に潤いを与えてくれる場となる。





 清瀬金山緑地公園は、「武蔵野の風と光」をテーマに、昭和61年に作られた広さ1.8ヘクタールの公園で、昭和63年度第4回都市公園等コンクールで「建設事務次官賞」を受賞しています。
 この園内には、ケヤキ、コナラ、ウツギなどの樹木やクマザサ、各種野草が植えられているほか、滝から落ちる水が小川となって園内中央部に広がる池に注ぎ込むあたりの湿地帯には、花菖蒲などが植えられています。
 また、池の中央の噴水は「柳」をデザインしたもので、独特な水の動きを見せています。





◆金山橋

下は「柳瀬川」




桜スポットだね!
来年は見に来たい!!










地蔵菩薩



地蔵菩薩

 平安時代以降極楽浄土の信仰が広まるにつれて、地蔵菩薩閻魔王本地仏として六道をめぐって人々を救い、極楽に行けるように力を貸してくれると広く信じられるようになりました。
 そして江戸時代に盛んになった民間信仰と結びつき、火災、盗難除けや病気平癒など人々の様々な願い事をかなえてくれる仏として信仰され、地蔵講なども営まれるようになりました。
 月の二十四日は地蔵の有縁日として、お供物を上げたりして親しまれていました。また地蔵は賽の河原で子供を庇護するというところから、子育、子安地蔵として信仰されています。

 右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうじゅ)をもつこの地蔵は、中里村に念仏講を開いていた二十八名によって江戸時代宝暦五年九月吉日(1755年)に建立された地蔵菩薩で、左側面に法華経化城喩品第七から取った偈文(げぶん)「願わくば仏の説くところの功徳をもってあまねく一切に及ぼし、我等と衆生とみなともに仏道(最高の悟り)を成就したまえ」と刻まれており、地蔵信仰の盛んであったことをしのばせています。





稲荷大明神












◆中里富士塚

まさかの工事中で立ち入り禁止だった。




中里の富士塚

 丸嘉講武州田無組中里講社により、柳瀬川右岸の段丘縁辺地に築かれた。文政八年(1825)再築という伝承や、頂上の石祠に同年の銘があることなどから、文化文政年間(1804~1830)の築造と考えられる。明七7年(1874)に2m程かさ上げされ、周囲よりの高さは約9mである。
 北側の鳥居を潜ると登山道が九十九折りに続く。途中1合目から9合目までを記した小さな石柱がある。山頂には文政8年の石祠と、大日如来を刻む石碑が建つ。この石祠は富士山頂の「仙元大菩薩」の社を象ったもの。中腹には、富士山五合目に祀られる「小御嶽神社」の碑がある。少し下った先には、富士講が往路に参詣する「高尾山阿闍梨明王」の碑。その中間に、帰路で詣でる「道了大薩?」の碑が建つ。
 富士信仰に関する石造物を具備する一方、今日でも富士登山や火の花祭りなどの講行事が継続されている。また全山赤土で、一般の富士塚に見られる溶岩は一切使われていない。舟運に依存できない内陸地域の富士塚の、典型的な様式を示している。なお、講に関する中里丸嘉講関係資料が附として指定されている。初期の富士塚として、また江戸後期に武蔵野に進出した富士講の活動を知る上で重要である。





中里富士山

 中里富士山は、富士山を信仰する人々の集まりである富士講によって江戸時代文化年間頃築かれたといわれ、高さが約10m、東京都の有形民俗文化財に指定されています。
毎年9月1日には、ここで、東京都指定無形民俗文化財である中里の「火の花祭り」が行われます。
 この行事は、講中富士塚で経文を唱えたあと、円錐形の麦わらの山に火がつけられ、その火にあたり、灰を家に持ち帰って門口にまくと火災除けや魔除けになり、畑にまくと豊作になると伝えられているものです。









続く。

2019/04/17 清瀬散歩 01 東所沢駅/遠照寺/ビクセン/下組八幡稲荷神社/本郷氷川神社/東福寺

24時間勤務アケで、JR武蔵野線東所沢駅から西武池袋線清瀬駅まで歩く。
一番の目的は清瀬の「労働安全衛生研究所」。
この日記のエリアの住所は埼玉県所沢市




東所沢駅

スタートのJR武蔵野線東所沢駅




◆遠照寺





ビクセン

2015/12/16 ビクセン 工場見学 - ovanの社会科見学
こちらは以前工場見学させてもらったことがある。



◆下組八幡稲荷神社




 稲荷大明神は、平安時代末期より福徳を授かる神として信仰をあつめる最もなじみの深い神様である。
 当本郷下組の稲荷神社は、以前、本郷原の通称お伊勢山神明社境内に祀られていたが、明治末期に本郷中央の氷川神社と合社の際、八幡神社跡地であるこの場所に移され、今日に至っている。この間、大正の中期に社殿が荒廃したため先人が補修したが、近年、お伊勢山より移築以来数十年の歳月が過ぎ、補修もきかない状態となったため新築することになり、昭和五十年七月下旬に建設に着手し、同年九月十四日に竣工落成した。
 下組稲荷神社は落成後、下組八幡稲荷神社と改名された。





遍豊禳西國秩父坂東百番霊場

境内なのか祠なのか社なのか倉なのか・・・・。
この建物の脇に下の碑がたっている。







◆本郷氷川神社




 氷川神社の祭神は素盞嗚尊、天照大神豊受大神、應神天皇の四神である。
当社の創立年代は不詳であるが、以前は八雲社の名称で鎮座していた。明治二十六年九月二十七日に本殿を改築している。
 明治四十一年四月三十日に松井村大字下安松字和田横道南の村社であった氷川神社を合祀し、無格社であった八雲社を村社に昇格、同時に社号を氷川神社と改称した。同年七月十七日に大字本郷字神明原の無格社であった神明社並びに同境内の稲荷神社、字下前の無格社であった八幡社、字西上の無格社であった稲荷神社を合祀し、現在に至っている。





境内社(稲荷神社/稲荷神社/三峰神社








東福寺




堂宇




不動尊



大仏




木造阿弥陀如来坐像

 東福寺の木造阿弥陀如来坐像は、二材以上を組み合わせて造る寄木造りという技法で造られています。制作年代は、胴部の様式により鎌倉から室町時代頃と推定され、江戸時代の寛文十一年(1671)に頭部や指などが修理されたと思われる銘文が、頭部内側に墨書されています。
 高さは134.8cmで、像の下地には黒漆を塗り、金箔を漆で貼る技法が施されています。蓮の葉をかたどった台座に両足を交差させて座り、背後には頭部から発せられる光を表現した円形光背を付けています。頭頂部のふくらみは豊かな智慧を象徴し、前頭部の肉髻珠と呼ばれる突起物は水晶で仏の智慧の光を表しています。また、眉間にある慈しみの光を表す丸い突起物の白毫は木製で、目には内側から水晶がはめ込まれています。
 阿弥陀如来は、極楽浄土の救主で、生あるすべてのものを救う仏とされ、この像の手の形である印相は、極楽浄土から迎えに来るときの形を表しています。




鐘楼




山門







続く。

研究所等の一般公開(2019年版)

2019年(平成31年・令和元年)版


私的用にまとめたものなので、情報が間違っている場合があります。
責任は負えませんので、必ずWEBサイトなどで確認してから行ってください。
私が行く予定のものは「赤文字」にしてあります。




つくばの研究所は除いてます。
こちらのサイトが便利です。
https://www.i-step.org/tour






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平成31年度 科学技術週間 4月15日(月)~21日(日)
http://stw.mext.go.jp/





当ブログでは筑波の研究所は除いてありますが、
たくさんの研究所が一般公開します。
こちらのページ等を参考にしてください↓
https://www.i-step.org/tour










平成31年4月13日(土)、14日(日) Tokyoふしぎ祭(サイ)エンス2019
それぞれ10:00~17:00
http://www.fushigi.metro.tokyo.jp/list/#list-422





平成31年4月16日(火)東京都健康長寿医療センター研究所 科学技術週間参加行事「音が聞こえづらいと思ったら-耳寄りな耳の話-」
12時30分から16時まで
https://www.tmghig.jp/research/lecture/other/





平成31年4月17日(水)  労働安全衛生総合研究所(清瀬地区)一般公開
13:00~17:00 (受付時間:12:30~16:00)
https://www.jniosh.johas.go.jp/announce/2019/open2019/index.html






平成31年4月19日(金) 消防庁 消防研究センター 一般公開 
10:00-16:00
http://nrifd.fdma.go.jp/public_info/ippan_koukai/ippan_koukai_h31/index.html






平成31年4月19日(金) 東京都土木技術支援・人材育成センター一般公開
13:00~16:30
http://www.fushigi.metro.tokyo.jp/facility/doboku.html






平成31年4月20日(土) 理化学研究所 和光地区一般公開
09:30~16:30
http://openday.riken.jp/





平成31年4月20日(土)  昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open




平成31年4月21日(日) 労働安全衛生総合研究所(登戸地区)一般公開
13:30~17:00(受付時間:13:00~16:30)
https://www.jniosh.johas.go.jp/announce/2019/open2019/index.html





平成31年4月21日(日) 海上技術安全研究所/電子航法研究所/交通安全環境研究所 一般公開
3つの研究所は隣接しており、同時に公開が行われる予定。
https://www.nmri.go.jp/news/press/press190118.html





平成31年4月21日(日) JAXA 調布航空宇宙センター 一般公開
10:00~16:00
http://www.aero.jaxa.jp/publication/event/2019openday/





平成31年4月21日(日) 放射線医学総合研究所 一般公開
9時30分~16時30分 (受付終了16時)
https://www.nirs.qst.go.jp/information/event/2019/04_21.html








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和元年5月11日(土) 午前10時~午後4時 地球観測センター春の一般公開
https://www.eorc.jaxa.jp/event/2019/koukai/ev190403.html




令和元年5月5月30日(木)~6月2日(日) NHK放送技術研究所 一般公開
http://www.nhk.or.jp/pr/marukaji/m-giju441.html




令和元年5月25日(土)昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
6月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和元年6月15日(土)昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
7月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和元年7月13日(土)昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
8月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
未定






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
9月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和元年9月28日(土)昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
10月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和元年10月19日(土)昭和薬科大学 薬用植物園一般公開 薬草教室
10時~16時
https://www.shoyaku.ac.jp/garden/open/#open









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
未定







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
12月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
未定










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
メモ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
インフラツーリズム
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/infratourism/index.html


















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
終了分
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平成31年1月26日(土)  NTT横須賀研究開発センタ一 一般公開
http://www.ntt.co.jp/svlab/event/event-2019/pubcitizen2019.html







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なし。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3月
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平成31年3月8日(金)東京都農林総合研究センター研究成果発表会
10:00~16:00
http://www.tokyo-aff.or.jp/files/2019/pdf/190213_recital.pdf




平成31年3月21日(木)、23(土)、24(日) 国立天文台 春の文化財イベント2019
事前申込制
http://prc.nao.ac.jp/museum/equinox/
uinox/

2019/04/13 方南散歩 09 五福稲荷/暗渠/桃園川緑道/中野不動/桃園稲荷神社/中野駅

中野駅南側は一度めぐっているので途中から一気にゴールの中野駅まで歩く。



◆五福稲荷神社







◆暗渠

橋の欄干だけ残っていた。
橋名が彫られてあるが、判読できなかった。
この先に桃園川(暗渠)が流れているのでその支線と思われる。
ご存知の方がいらっしゃたら教えてください。
(o*。_。)oペコッ




区立桃花小学校の門前にあった。




◆桃園川緑道

暗渠。
僕はこの川の上流に住んでいて、このまま歩いて行けばすぐ帰れる(w





◆中野不動(善成寺)





◆桃園稲荷神社

2018/06/18 高円寺散歩 05 中野サンプラザ/中野駅/中央緩行線新井ガード/レンガ坂/桃園稲荷神社/一本檜稲荷神社 - ovanの社会科見学
一度お参りに来たことがある。




中野駅

天気は良いし、まだ桜も残っていたし良い散歩になった。
でも、久々の2万歩越えで、歩き方が変だったのか、足の裏と腰が痛い。
家に帰ってすぐ横になったのであった・・・・。

2019/04/13 方南散歩 08 天狗不動尊/佼成会通り商店会/区制碑/富士見橋/中野富士見町駅/民間信仰石塔

丸の内線中野富士見駅に到着。ここからはJR中野駅に向かって北進する。



◆天狗不動尊

google mapに載っていたので来てみたが・・・・。
webで調べても情報が得られなかった。






◆佼成会通り商店会

この辺りは立正佼成会の施設が多い。
この通りの名前もそこから来たのであろう。
wikiで調べたら本部の住所が「東京都杉並区和田二丁目11番1号」となっていたので、
まさしくこの辺り。








◆区制碑

何が書いてあるのかわからなかった・・・。
WEBで調べてみても情報が得られなかった。





◆富士見橋










中野富士見町駅

丸の内線中野富士見町駅




民間信仰石塔




 ここに建立されている石塔は、元禄五年(1692)銘・正徳二年(1712)銘の庚申塔享保二年(1717)銘の地蔵塔、建立不明の庚申塔1基と、地蔵塔2基の計6基があります。
庚申信仰は、「長生きするためには庚申の夜は身を慎しみ、諸善を行い、徹夜をすべきである」という中国の道教説から始まったようです。それが日本に伝わってからは、中世以降仏教や神道の信仰と習合して庶民の間にひろまりました。
 江戸時代には、本尊を青面金剛とし、不見、不聞、不言の三猿が彫られるようになり、ここに見られるような庚申塔の建立が盛んになりました。
地蔵菩薩の信仰は、仏教の民衆化とともに宗派を超えてひろまりました。地蔵菩薩は、冥界と現実界の境に立って人々を守護するということから、村や道の境や村の安全を守護する菩薩とされ、村の路傍又は辻に多くの建立されています。
 ここの石塔は、この辺りが武州多摩郡和田村字本村、又は砂利田と称された頃、この地域の講中の人々によって悪病退散、村民安全などを祈願して建立されたものといわれてます。
現在でもこの信仰の気持ちは変わらず、参拝に来る人も年々増えているとのことです。
 私たちもこのような文化財を、一層大切に守りつづけたいものです。




続く。

2019/04/13 方南散歩 07 和田見橋/本郷堰の址/御嶽社・春名社・稲荷社/不動堂大山別院/救心/稲荷神社

まだまだ丸の内線、神田川沿いに中野富士見町駅に向かって散策する。



◆和田見橋










◆本郷堰の址(れんげ公園内)



[::image:w360]
 このあたりに、江戸時代から毎年四月から九月まで水田用水を取る堰が築かれていました。
 この堰から、幅二米ほどの用水堀が縁に沿い東へ美しい小川となって流れ、再び本町一丁目本流に入るまで当時十一町余(一町は約百メートル)の水田を灌漑していました。
 今は神田川の岸も護岸工事で高くなり、堀も埋めれて昔の面影はありませんが、明治頃までは堰の上の現在富士高校がある台地側は、樹木の生い茂る断崖で、神田川がその裾を流れていました。
 田植前の四月、田持ち農家の人たちが集まり、水堀の手入れをしてから、川岸の葦を編んで川に渡してある大丸太にかけ、堰をつくって堀へ水を分流しました。この堰のあたりは、行者が潔斎をする神聖な場所とされ、毎年五月六日「ぼんぜん」(またはぼんてん)と称して、行者の水あび修行のあとその御幣を各戸へ配ったそうです。大正頃まで用水堀には、どじょう、ふななどが群れ、夕べにはたくさんの螢が舞う田園風景が見られました。




◆御嶽社・春名社・稲荷社



御嶽社



榛名社



稲荷社







◆不動堂大山別院






◆救心

調べてみるとこちらは本社の一部らしい。
近くに工場もあるみたいだね。



http://ovanrei.hatenablog.com/entry/2018/11/24/220000_2
明治薬科大学で、救心さんはジャコウの在庫が無くなったらもう使えなくなるって聞いた。



◆稲荷神社





続く。