2017/07/25 東陽町散歩 02 弁天橋/三十三間堂跡/八幡堀遊歩道/富岡八幡宮

やはり歩いていると色々見つけるものだね。
富岡さんのすぐ近くにいろいろあった。
暑いのでヘトヘト・・・・・。



◆弁天橋











三十三間堂

江戸三十三間堂と呼ばれ、京都蓮華王院(三十三間堂)に模して、寛永19年(1642)に浅草に建立。
深川に移されたのは元禄14年(1701)。
明治5年(1872)に廃棄解体。
本尊は正覚寺に移されたとのこと。





江戸にも三十三間堂があったんだなあ。
今度「正覚寺」に行ってみよう。





◆八幡堀遊歩道



旧弾正橋(だんじょうばし)(八幡橋

国の重要文化財






 八幡橋は、明治十一年東京府の依頼に予知工部省赤羽製作所が制作した長さ一五・二メートル、有効幅員二メートルの単径間アーチ形式の鉄橋である。もと京橋楓(もみじ)川(中央区)にかけられ弾正橋と称したが、対象に稔(1913)市区改正事業により新しい弾正橋がかけられたので、元弾正橋と改称した。大正十二年関東大震災後の帝都復興計画により、元弾正橋は廃橋となり、東京市は、昭和四年(1929)五月現在地に移して保存し、富岡八幡宮の東隣であるので八幡橋と称した。アーチを鋳鉄製とし、引張材は錬鉄製の鋳錬混合の橋でありかつ独特な構造手法で施工してある。この橋は鋳鉄橋から錬鉄橋に至る過渡期の鉄橋として近代橋梁技術史上価値の高い橋である。





こちらではアメリカ土木学会より「土木会栄誉賞」を送られたとある。




東京市で最初に掛けられた鉄橋とあった。




真ん中の碑にも説明があった。
こんなに説明いらない気もするが・・・・。




新田橋




2017/06/09 の日記
http://d.hatena.ne.jp/ovanrei/searchdiary?word=%BF%B7%C5%C4%B6%B6
この日に行った場所には元々この橋が架かっていたとのこと。
説明板は一緒だね。




富岡八幡宮




工事中・・・・。



富士塚

ここには元々立派な富士塚があったとのこと。
この小さな塚は再建されたものだそうだ。
一応形は富士塚だったので調べてみたら、
そんな歴史があったとのこと。



何度か来たところだけど、富士塚のことは初めて知った。
3回目くらい来たかな?
なので、写真はこのくらいで・・・・



想像していたより歩いた。
もう少し歩きたかったけどダウン。
東西線で帰った。