2019/05/17 小岩散歩 04 小岩菖蒲園/和洋女子大/本蔵寺/北小岩歩道橋/小岩北口本通り会

目的の小岩菖蒲園に着く。
あとは小岩駅に向かって歩く。



小岩菖蒲園

菖蒲!



蓮!



まだ全然咲いてないのであった・・・・・。
また来よっと。



◆和洋女子大

菖蒲園から江戸川をはさんだ所に大学が見えた。
『1897(明治30)年、創立者である堀越千代が、東京の麹町区飯田町(現在の千代田区富士見)に設立した裁縫の各種学校「和洋裁縫女学院」が和洋の歴史のはじまりです。』
とHPにあった。
ものすごく古いんだね!



◆本蔵寺

以前来たことがある。
2018/02/05 小岩散歩 04 小岩菖蒲園/京成電鉄 江戸川橋梁/小岩市川の渡し跡/御番所町の慈恩寺道石造道標/北野神社/京成江戸川駅/宝林寺/本蔵寺 - ovanの社会科見学




 日蓮宗の晴立山本蔵寺は、元和八年(1622)浅草新寺町に起立され、京都妙顕寺開基龍華樹院日像菩薩の「像」の一字をもって大雄山本像寺と称し、妙顕寺の末でした。延享二年(1745)の同寺「略縁起」は、加賀中納言前田利光の母寿福院尼が一寺を草創したのがはじまりと伝えています。明治四三年に下総真間山弘法寺末の晴立寺と合併し、晴立山本蔵寺となり、晴立寺のあった現在地に移転しました。晴立寺は、小岩市川関所役人を代々つとめた中根氏の館のあとといわれ、菩提寺と伝えられています。現墓地には、中根平左衛門家の代々合葬墓があります。


木造日朗・日像聖人坐像

 日朗は宗祖日蓮の高弟で、日蓮宗池上門流の祖として知られています。寛元三年(1245)下総国平賀(千葉県松戸)に生まれ、日蓮聖人佐渡配流中も鎌倉にあって教えをひろめ、池上に法華堂(現・本門寺)をはじめとする諸寺を創建し、元応二年(1320)入寂、七六歳でした。
 日像は日朗の末弟で、文永六年(1269)下総国平賀に生まれ、七歳で身延山にて日蓮聖人に給仕しました。上人滅後は、兄の日朗に師事し、のちに日蓮聖人の遺志をたいし、京都で法華経をひろめ、妙顕寺を拠点とする京都日蓮宗の基礎を築いたといわれています。享年七四歳でした。
 この両聖人の坐像は京都妙顕寺の旧蔵品であり、天保六年(1835)に妙顕寺より下賜されたものと伝えられています。寛永一九年(1642)に彩色補修が加えられ、妙顕寺一三世日饒の署名と花押も残っています。製作年代は室町時代と考えられる秀作で、画像とも三五センチメートルの小さな坐像ですが、写実性に富み、高僧の面影がよくしのばれます.







◆北小岩歩道橋








◆小岩北口本通り会








肝心の菖蒲園がまだまだ見頃じゃなかったのが残念。
また近いうちに行こうと思う。
小岩駅で細君へお土産買って総武線で帰った。