2019/07/03 下丸子散歩 04 下丸子諏訪神社/大田区立諏訪児童遊園/地蔵尊/都湯/鵜の木3号踏切/光明寺道標

一度東急多摩川線を渡って反対側へ。
イベントがある太田区民プラザへ行く。




◆下丸子諏訪神社(大田区立諏訪児童遊園内)






大田区立諏訪児童遊園

もともとは諏訪神社の境内だったのであろう。







地蔵尊





平間街道と地蔵尊

江戸時代初期下丸子は、武蔵国橘樹(たちばな)郡に属していた。元禄十五年(1702)からは、武州荏原郡六郷領下丸子村に変わっていて、この頃の下丸子村は天領(幕府領)で、家数六十四軒、人口三四六人、馬数十六頭ほどの小村だった。
現在の川崎市上丸子や中丸子と一体の村だったが、多摩川の流れが中丸子と下丸子を分断するように変わって、中世の多摩川の流れの跡と近世の流れの間の中州の部分が下丸子になった。
平間街道は中世の鎌倉街道で品川~池上~下丸子を最後に村落の中を通り抜け平間の渡し(現在のガス橋付近)を経て、鎌倉に至る古道であり、この道路の角地に『道標』があり、その正面には、『是より いけ上江戸 寛政十年(1798)午年 下丸子村』と刻んである。
★道標は現在、地蔵尊の台座として使用している。
この地蔵尊には特に正式名称はなく、かつては昭和三十年初めの頃までじぞうそんのまえにゴザを敷き、大人や子供が輪になって「南無阿弥陀仏」(百万遍の念仏)と繰り返し唱え大数珠を廻す「念仏講」が行われていたが、交通事情の影響でこの行事は廃止となった。




◆都湯

時間があったら入ろうと思ってチェックしていたのだが、ギリギリだったので断念。



◆鵜の木3号踏切









光明寺道標




近くに光明寺というお寺があるのでその道標であろう。



続く。