2019/08/01 永福町散歩 02 永福寺/明大前3号踏切/大勝軒/薬師如来石仏/龍光寺

永福町駅周辺から北上する。
このあたりからもう暑さで具合が悪くなる(w




永福寺



 万歳山永福寺曹洞宗の寺です。本尊は十一面観音像で、脇侍の不動・毘沙門両像とともに、鎌倉期の仏師快慶(かいけい)の手になるものと伝えられています。
 寺伝によれば、開創は大永二年(1522)で、開山は秀天慶実(しょうてんけいじつ)と伝え、村名もこの寺名によっています。
 永福寺の名は永禄二年(1559)に北条氏康が作成した「小田原衆所領役帳」にも見え、開創は寺伝の伝える頃に近いものと思われます。小田原落城後、北条氏の家臣であった安藤兵部丞が、当寺の住職をたよってこの地に帰農し、永福寺の檀家となり、村の開発につとめたといわれます。
 中興開基は幕府御馬預役加藤重勝で、下高井戸村に拝領地を持ち、当寺を菩提寺としました。
 当寺は文禄二年(1593)・元文三年(1738)・昭和二十年と三度災害をうけましたが、天正十六年(1588)の「検地書出」をはじめ二十数点の文書が無事保存されており、永福寺村を知る貴重な資料となっています。
 また、その他の文化財も多くみられ、境内には「子授け地蔵」の名で村人に信仰された正徳五年(1715)銘の地蔵菩薩石像等があります。寺の西門脇には正保三年(1646)・天和元年(1681)銘の庚申塔、元禄四年(1691)銘の地蔵石像が安置されています。


鐘楼


山門


入口


地蔵

上の写真入口左側に写っている。
中はほとんど見えない・・・。




◆明大前3号踏切










すぐ脇が永福町駅







大勝軒

すごい行列・・・・。
ネットで調べたら60年以上続く老舗なんだとか。




薬師如来石仏

google mapのマークの位置はここなんだけど・・・・。



このあたりをウロウロしてみる。




狛犬っぽいのがあったが、これでいいのかな?
ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。



◆龍光寺




 当寺は、泉涌山医王院と号する真言宗室生寺派の寺院です。本尊は薬師如来立像で、杉並区内では珍しい平安時代末期(12世紀前半)に造立されたものです。
開創は、明治10年の書上げによると承安二年(1172)とされ、開山は寺伝によれば龍観和尚(明応二年1493年寂)と伝えられています。
 山号の泉涌は、和泉の地名の由来ともなった貴船神社(和泉3-22)の泉に、院号の医王は、本尊の薬師如来に因むものといわれています。また寺号の龍光は当時のすぐ下を流れる神田川の源、井之頭池にすんでいた巨大な竜が、川を下ってきて、この付近で雷鳴をとどろかせ、光を放って昇天したことに由来すると伝えられています。
 江戸時代、当寺の本尊は難病にご利益のある薬師如来として信仰あるく、護摩の煙が絶えなかったといわれています。戦時中の供出で今はなくなってしまった寛保二年(1742)銘の梵鐘にも「医王之宝殿」「衆病悉除抜苦」と記されていました。なお現在の梵鐘は、昭和二十九年に造られたもので、区内では最も大きいものです。
 当寺に伝わる文化財としては、室町期に作られたといわれる興教大師像、文明二年(1470)銘・明応五年(1496)銘の板碑のほか、江戸時代の庚申塔・供養塔など多数が所蔵されています。
また、当寺は明治初年に廃寺となった宝仙寺末の慈冠山日照寺(杉並区永福1-34)を合併しています。



観音堂



鐘楼



四国八十八か所和泉霊場



巨大な石灯籠

こんなに大きいのは滅多にお目にかかれない。



山門






続く。