2020/06/18 渋谷区東散歩 01 恵比寿駅/渋谷橋・渋谷橋歩道橋/法雲寺/東北寺/ペルー共和国大使館

24時間勤務アケで恵比寿からJR山手線の東側を渋谷駅まで歩く。



ここでは恵比寿駅から駒沢通りを北東へ。
明治通りとの交差点(渋谷橋)を過ぎてから小さい通りに入り北東へ進む。



◆恵比寿駅



スタートのJR恵比寿駅。





◆渋谷橋・渋谷橋歩道橋

判りづらいが道路の途中が渋谷橋。
奥に見えるのが渋谷歩橋道橋。


渋谷橋

下は渋谷川





日比谷線●築物河底横過標識   ※●は何という字だろう?
川の下に日比谷線が走っているってことかな?
調べても出てこなかった。




渋谷橋歩道橋



ロの字になっている歩道橋。
下は駒沢通りと明治通りの交差点。












◆法雲寺




白鴎観音堂



 この観音像は大正十一年東京美術学校出身、日展無審查の服部仁郎氏の作で楠木を用い、また台座は前田文六氏の作であります。
 本観音像は服部氏が昭和十六年に、戦争が一日も早く終わるように祈りをこめて制作に着手し、同十八年十月に完成開眼されました。昭和四十年、時あたかも終戦二十周年を機に、同氏の深い想いにより、社団法人白鴎遺族会に寄贈を賜りましたものです。同会は法雲寺本堂に安置し毎年六月に慰霊法要を続けてまいりました。
 白鴎遺族会は、海軍飛行科予備学生、子備生徒出身の戦没者の遺族と生存同期生にょって昭和二十一年に結成され、戦没者の慰霊と遺家族の援護を継続している団体であります。海軍予備学生、予備生徒とは旧制大学、 高等学校、 專門学校の卒業生、修了者から採用され、飛行科は一期より十六期の予備学生と、一期より三期の予備生徒まで、総数は一万五千百四十九名でありましたが、 大空の戦いに二千四百八十五名が戦死されました。 その中で神風特別攻撃隊として戦死した士官搭乗員七百六十九名の內には実に六百五十八名の予備学生・生徒出身が、雲流るる果てに散華しました。
 特に十三期は一千六百十六名が戦死し、同期の三分の一を失いました。十三期出身てある法雲寺住職村井泰遠師は友の冥福を祈り、先々の人々が白鳴観音を、至純の志をもって国難に殉じた若き学徒の化身として仰ぎ、彼らが最も願っていた永遠の平和を共に祈って頂くため、観音堂を建立しました。


山門


参道入口






◆東北寺






ペルー共和国大使館






続く。