2020/10/24 善福寺散歩 09 文化湯/井荻会館/地蔵坂/原寺分橋/宿(やどり)橋/フルタ製菓㈱/延命地蔵

ここでもだいたい善福寺川沿いに南東へ進む。



◆文化湯

銭湯♪









◆井荻会館

レトロな建物♪
イベント会場として現在でもつかわれているとのこと。

参考
「まちかどの名建築」P53

Facebookのページがあった。
井荻会館 - TokyoSuginami-ku - コミュニティセンター | Facebook







◆地蔵坂



 この坂道は、別名「御立場坂(おたてばざか)」「寺分坂(てらぶざか)」とも呼ばれていますが、一般的には地蔵坂と呼ばれています。 名称の由来としては、かって坂の途中に地蔵堂があり、 地蔵菩薩庚申塔馬頭観音などが祀られていたことにあるようです。
 いつ頃から地蔵坂と呼ばれていたかは不明ですが、舟形を呈した享保十七(1732)年銘の地蔵菩薩があるところから、江戸時代中期以降と考えられます。 また、地蔵菩薩は北を向いていたところから「北向地蔵」とも呼ばれていたそうです。 他には、 貞享二(1685)年銘、 宝永二(1705)年銘、 正徳六(1716)年銘の庚申塔、文政七(1824)年銘の馬頭観音などがありました。
 この馬頭観音には、「東江戸・西ふちう」と彫られており道標の役目をしていたようですが、近代になってからは東多摩郡井萩村、豊島郡石神井村、北多摩郡吉祥寺村の三郡の境に立てられていたため、「三郡境の馬頭様」と呼ばれていました。
 現在では、観泉寺(今川2丁目18番)に安置されています。
 また、地蔵坂交差点に近い台地の先端部附近は地蔵坂遺跡と呼ばれ、 昭和五十六年に実施した発掘調査では、 旧石器時代(約一万八千年~二万七千年前)のナイフ形石器やスクレーパー(掻器)など 多数の石器類と礫群(バーベキューの跡)、縄文時代早期(約九千年前)の土器や石器が多数出土しており、 住居址や炉穴(屋外炉)も検出されています。 特に荻窪中学校の校庭から発掘された井草期の住居址は、区内で初めて発見されたもので、考古学的にも大変貴重な資料です。







◆原寺分橋

下は善福寺川





トリさん







◆宿(やどり)橋

下は善福寺川










フルタ製菓

甘い香りが漂っていた。
調べるとこちらは東京支店で本社は大阪にある。

フルタ製菓株式会社(フルタせいか)は大阪府大阪市生野区林寺に本社を置く、チョコレートを中心とする製菓会社である。』
フルタ製菓 - Wikipedia


有名な商品は「チョコエッグ」だね。
ドキドキ学園」はこちらだったんだ!
僕はビックリマンじゃなくてこちらのシールを集めてた。
懐かしい。







延命地蔵








続く。