2017/11/04 江古田散歩 03 葛谷御霊神社/四ツ塚/野方給水塔

哲学堂公園周囲を散策する。
野方給水塔は一度見に来たことがある。
中も見てみたいけど、オリンピックまではテロ対策で給水施設の一般公開は難しいらしい。
駒沢給水塔(世田谷)を案内してくれた方がおっしゃっていたので、2020年までは無理かなあ・・・・。




◆葛谷御霊神社





何をお祀りしているのかわからない


↑のお賽銭箱の脇には「狛兎」?



文化財

葛谷御霊神社の力石 

力石は、美者祭りの時に村人が力くらべをし、その石を奉納したもので、これには卵型の自然石に三十五貫(131,25kg)から五十五貫(206,25kg)という重量と、持ち上げた人の名が刻まれている。
 かつては農村であった葛谷地区の祭礼や娯楽を知るうえで重要な民俗資料である。



御霊神社の備謝祭

 葛谷御霊神社の備謝祭は、正月の神事として、弓矢で的を射ることで、その年の豊凶を占う祭で、毎年一月十三日の午前中に行われている。式は、拝殿で分木(ぶんき)の受け渡しの儀、御神酒(ごしんしゅ)の儀、取魚(とりざかな)の儀を行い、その後に社殿の前から、鳥居に掛けた的を射る引き弓の儀が行われる。的は、筆を分木に当てて三重の円を書き、円の内側には雌雄の烏(からす)と鰯(いわし)が書かれた紙が張り付けてある。
 中世以来続いた古式が現在も伝えられ、農村であった落合地区の民族・歴史を理解する上で貴重な行事である。



って、ここは新宿区だったのね・・・・。




◆四ツ塚

google mapに載っていたので来たみたが見つけられなかった。
フェンスの向こうにあるのかなあ?






◆野方給水塔








震災対策用応急給水塔


この施設は、地震に備えて皆さんの飲み水を確保するためにつくられたものです。
 地下には、いつも100㎥の新鮮な水が用意されており、いざというとき都民の皆さんの大切な飲み水として使用されます。
 また、この水は地震により火災が発生した時に消防用水としても活用されます。



旧野方給水塔

 野方給水塔は、荒玉水道の給水場につくられた塔でした。荒玉水道は大正十二年(1923)の関東大震災後、東京市に隣接した町村の急激な都市化による水の需要に応じるため、当時の豊多摩・北豊島両郡にある十三の町々が連合して設立しました。
 配水塔は、ドイツで衛生工学を学び、淀橋浄水場を作った「近代上水道の父」中島永鋭治(なかじまえいじ)博士(1858〜1925)の設計です。
 着工は昭和二年(1927)で竣工は同四年です。高さは32.6メートル、気部の直径約18メートルの鉄筋コンクリート造りです。
 世田谷区の喜多見で多摩川から引水し、60万人の二時間分の貯水が可能といわれ、昭和四十一(1966)まで使われていました。その後解体計画もありましたが、平成二十二年(2010)に国登録文化財となり大切に保存されています。ドーム型の屋根が、地域の特徴ある景観をかたちづくり、江古田の水道タンク・みずの塔・給水塔などと親しまれてきた、東京近郊都市化のシンボルです。





続く。