2017/12/09 小田原散策 01 小田原駅/北条早雲像/大稲荷神社/満願弁財天/福泉寺/入船

24時間勤務アケで小田原散策。
JRの「土日きっぷ」を使った。
むかーし、足柄山のアサヒビール工場見学の帰りに降りて小田原城を見に行ったことがある。
しかし、遠いね(w



小田原駅

ついでに周辺をブラブラ・・・。







二宮尊徳

 郷土の偉人、二宮尊徳(金次郎)は、今の小田原市栢山に生まれ、少年時代に両親を亡くして苦労しましたが、それを乗り越えて立派に成人し、後に栃木・茨城・福島・神奈川など各地で多くの村の復興に尽力しました。
 また、「どんなものにも徳がある」「譲って損なく奪って益なし」など、たくさんの教訓を残して、今でも多くの人から尊敬されています。




北条早雲




北條早雲公(伊勢新九郎長氏、のち宗瑞、早雲庵。法名・早雲寺殿天岳瑞公)は、戦国時代に相模、武蔵、上総、下総、安房常陸、上野、下野の関八州のほか伊勢、駿河に勢威を及ぼした北條五代の祖である。「北條記」によれば、明応四年(1495)伊豆韮山から箱根を越えて小田原に進出した時、牛の角にたいまつを結んで大軍の夜襲に見せかけた、いわゆる「火牛の計」の戦法を用いて大森氏を打ち破ったという。その後小田原は九六年間にわたり北條氏の城下町として繁栄し、東国一の都市に発展した早雲公は、東国の戦国時代の幕を切って落とした一代の風雲児と評され、一般には乱世を生き抜いた猛々しい武将という印象を与えている。しかし、伝来の北條家の家訓「早雲寺殿二十一ヶ条」において、早雲公は、身を慎み、礼を重んじ、質素倹約を旨とすべきことを説き、学問、歌道に親しむことを奨励している。実際は聡明な教養人であり、また公私にわたる日常生活においても、つねに細心の注意を怠らなかった老練な苦労人でもあった。




◆大稲荷神社





伏見稲荷神社/山神社/官位稲荷神社

山神社と官位稲荷神社の間、後ろにも祠があるけど、わからなかった。




名前がわからない祠




田中稲荷神社

右側に少し写っている小さな祠がいっぱい写っているが、右奥にもっとたくさんあった。
どこからもってきたんだろう??




錦織神社




年貢の軽減を求めて処刑された下田隼人さんって方が、柱になってらっしゃるね。



愛宕神社






医薬稲荷社








名前がわからない祠

鳥居は木に立てかけてあるね・・・・。






鳥居の左下にも名前のわからない祠があった。




◆満願弁財天






◆福泉寺







◆入船(お昼ご飯)

お友達と合流してお昼ご飯。
ネギトロ丼美味しかった♪




続く。