2018/04/04 大久保散歩 02 万年湯/全龍寺/皆中稲荷神社/淀橋教会

襲いお昼ご飯を食べた後は、銭湯へ。
その後は大久保駅に帰るまでの間に見つけたお寺などを散策。



◆万年湯




とてもきれいなお風呂だし、お店の人も愛想が良くていい銭湯だった!
山手線大久保駅からものすごい近いし、機会があったらまた行きたい。




◆全龍寺(ぜんりゅうじ))




全龍寺の庚申塔




 寛文十二年(1672)に28名の施主によって建てられた庚申塔である。形態は有形で、阿弥陀如来立像を主尊とする。主尊の左右に銘文が刻前れているが、施主の個人名は見られない。水鉢・花立を造りこんだ台座の最下部に庚申塔の特色である三猿が刻まれている。高さは177cmである。
 庚申信仰は江戸時代にはやった民間信仰で、60日ごとの庚申の日は徹夜して人の体内に棲む三尸虫(さんしちゅう)を滅する行を行う。これを18回(3年間)行うと結願となり、その際に庚申講の人たちにより庚申塔が立てられることが多かった。区内に40基あまりある庚申塔の中では比較的古い時代に建てられたものであり、唯一の阿弥陀如来像を本尊とする庚申塔である。








◆皆中稲荷神社



境内社



境内社



江戸幕府鉄砲組百人隊行列

 皆中稲荷神社の例大祭で隔年(平成は奇数年)に開催される行事で、江戸時代に現在の百人町一帯に屋敷を与えられていた幕府鉄砲組百人隊が、神社に奉納したと伝えられる出陣式を再現したもの。
当日は、甲冑に身を固めた武将が百人町周辺を隊列行進し、火縄銃を構えた鉄砲隊が、数ヶ所で古式にのっとり試射を行う。
鉄砲組は四組あり(百人町に住んだのは二十五騎組、別称大久保組)、通常は交替で江戸城大手三之門を警備した。また、将軍の寛永寺増上寺日光東照宮参詣には護衛をした。
皆中稲荷神社は、鉄砲組から信仰された。ある隊士が稲荷の霊夢により百発百中の腕前に上達したことが起源という。皆中は「みなあたる」の意味がある。




「みなあたる」ことから宝くじや勝負事などのご利益があるんだろうね。
平日の昼間なのに多くの人がお参りしていた。




鳥居




◆淀橋教会

何の建物かわからず。
良く見たら協会だった。
しかし「淀橋」のエリアってかなり広いような感じがするねぇ。






この後はJR中央総武線大久保駅」から電車でお家に帰ったのでした。