2019/07/13 南中野散歩 01 笹塚駅/幡ヶ谷陸橋/牛窪地蔵尊・道供養塔/幡ヶ谷駅/西原ストリート/幡ヶ谷駅前公園/子育地蔵尊

24時間勤務アケで、笹塚駅から初台経由で中野駅まで歩く。

↑だいたいこんな感じ。
最初のエリアは渋谷区の北側、京王線沿いに東へ進む。




笹塚駅

スタートの京王線笹塚駅



◆幡ヶ谷陸橋

上は首都高4号新宿線



◆牛窪地蔵尊・道供養塔




牛窪地蔵尊は今を去る260年前(正徳元年拾月)に建立されたものである.庚申塔享保9年11月建てられた.

以前この地は極悪人の刑場として牛を使って最も厳しい牛裂きの刑という両足から股を引き裂く酷刑場の地であったと伝えられている.

この牛と窪地であったことから牛窪の地名となり牛窪の地名と共に幡ヶ谷地方の雨乞い行事の場所としても有名であった.宝永より正徳年間にかけてこの地に悪疫病がはやりこれが罪人の霊のたたりだと伝えられ子供の安泰を守り苦難の時の身代わり地蔵としてこの淋しい土地に地蔵尊を祀り霊を慰めたのである.

道供養塔は中野通りから甲州街道につきあたりの場所で道しるべとしてもわかり易く当時行路者の行き倒れが非常に多く篤志家によって建てられたものである.
 

昭和40年頃より急激なる自動車の発達に伴い交通事故死者急増,昭和45年5月甲州街道の拡幅により移転を余儀なくされ約18m後退の当所に地元正徳会各委員有志の尽力により移転建立し当地区の文化施設として永久に保存すべくここに其の竣工をみた.謹んで諸霊の冥福を祈る.







 この道供養塔碑は、文化三年(1806)十一月に建立されたことが、碑文からわかります。これにより、江戸時代の道供養信仰がある程度知ることができます。道祖神地蔵尊などの交通安全、悪魔退散の呪術的信仰とは違い、これは橋供養と同じように、道路自体を供養して報恩感謝の念を捧げることにより、交通安全を祈ろうとする珍しい供養塔です。
 中野通りの先は駒場道(鎌倉道)の一部で、この道供養碑はもとはそれに面して建てられていて、駒場道の供養碑であったことがわかります。
 なお、中野通りに甲州街道が交わるこのあたりは、地形が少し低くなっていて、江戸時代から牛ヶ窪と呼ばれており、幡ヶ谷地域の農民が雨乞い行事を行う場所、といういい伝えもあるようです。





幡ヶ谷駅
[image:w360]
京王線幡ヶ谷駅



◆西原(にしはら)ストリート




こちら高速高架の下に延びる道も西原ストリートで良いのかは疑問。










幡ヶ谷駅前公園







◆子育地蔵尊






 地蔵信仰ば古くから行われていますが、地蔵は苦難のときに身代りに現われるとか、冥界(みょうかい)と現実界との境にあって死後救ってくれるとか、子供の安全を守ってくれるとか、いろいろと考えられていました。
 この地蔵は子育地蔵と呼ばれており、このあたりの低地は昔から地蔵窪といっています。
 この地蔵は江戸時代の貞享三年(1686)の造立で、もとはすぐ前にお堂がありましたが、甲州街道の道幅を拡げるとき、ここにあった大ケヤキのあとに移され、大勢の人びとの浄財によって立派なお堂が作られました。



続く。