2019/08/25 勝どき散歩 02 勝どき四丁目児童遊園/黎明橋/黎明橋公園/日本万国博覧会事務局棟跡/月島警察署/選手村

黎明橋公園の後は仕事場へ。
仕事が終わってから日本万国博覧会事務局棟跡周辺を散策。
真っ暗だった(w




◆勝どき四丁目児童遊園




◆黎明橋









◆黎明橋公園




日本万国博覧会事務局棟跡

仕事後だったんで真っ暗。




 この地域には、昭和十五年(1940)に日本を会場とする初の万国博覧会(紀元二千六百年記念日本万国博覧会)の開催に向けて建設した万博事務局棟がありました。
 紀元二千六百年記念日本万博の会場予定地は、京橋区晴海町の月島第四号埋立地(現在の中央区晴海)と深川区豊洲の月島第五号埋立地(現在の江東区豊洲)を主会場とする150万平方mの広大な敷地でした。
 この万博は、昭和十五年三月十五日から八月三十一日までの170日間で、4,500万人の来場を見込んだ国家的プロジェクトでしたが、戦争の激化や参加国の減少により、開催直前に延期されたため「幻の万博」といわれています。
 万博事務局棟は、昭和十三年(1938)九月、開催に先立って会場予定地に建設された最初の建物でした。施工は株式会社大林組が担当し、木造2階建、間口約102m、奥行約40mの日本建築で、延べ面積約5,485平方mもある事務局庁舎でした。
 しかし、建物の竣工と同年に万博の開催延期が決定されたため、陸軍の傷病兵収容所(東京第一陸軍病院月島分院)へと転用されました。昭和十五年に完成した万博のメインゲート・勝鬨橋の開橋式では、当院で療養中の兵士がくぐり初めを行ったエピソードも残されています。
 豪壮な万博建築として竣工した事務局棟は、昭和期の度重なる戦禍の中でその姿を消しました。



◆月島警察署




◆選手村




すぐ近くのバス停でゴール。
月島には何度か来ているけど勝どきエリアをじっくり巡ったのは初めてだなあ。
バスで東京駅丸の内まで行き、そこからは中央線で帰った。
高円寺では阿波踊り後の人混みの中をかき分けて帰った(汗