2021/07/21 西新井散歩 06 地蔵尊/御獅子狩勢子村旗渕江領嶋根村/ 国土安穏寺/将軍家御成橋・御成道松並木跡/大和湯/島根住区センター/赤羽家(牛込家)長屋門跡

地蔵尊」から北東へ進み旧日光街道へ出る。
少し北上してから環七北通りへ出て通りを西へ進む。




地蔵尊








◆御獅子狩勢子村旗渕江領嶋根村



 桐田家は嶋根村の旧家である。ここに江戸時代の鹿狩で使用した旗が保存されている。江戸幕府の将軍は軍事演習や権威を象徴する目的で、鷹狩をはじめとする多くの狩猟を行った。鹿狩もその一つで、享保十年(1727)に 八代将軍徳川吉宗が小金牧(松戸市小金原)で行った大規模な鹿狩は有名で、その後も江戸時代に四回行われた。
 狩に際しては関東各地の農村の人々が勢子(せこ)(人足)として動員されたが、人数は村ごとに決められており各々目印となる旗を掲げた。この桐田家に保存されている旗は、嘉永二年(1489)十ニ代将軍徳川家慶が行った小金牧の鹿狩で鳴根村の勢子が用いたもので、縦106cm・横65m、紺地に白抜き文字で次のように記されている。
   「御鹿狩     浏江領
    勢子人足四十一人
    御用      鳴根村」
 ここに記されたように鳴根村から勢子人足41名が参加したことが分かる(勢子の全動員数約五万人)のをはじめ、将軍の鹿狩と村の関係を示す歴史資料として重要である。




 我が家の“黒松”は、樹齢約300年といわれています。 最近は道路が拡幅された為、交通量も激しくなり、振動や排気ガスなど樹木への影響が心配ですが、今後も地域のシンボルになるよう大切に見守っ
ていきたいと思います。







◆国土安穏時



 日蓮宗、天下長久山国土安穏寺と称す。
 創建は、応永十七年(1410)、開山は日通聖人、開基は、千葉太郎満胤である。
 当初は、長久山妙覚寺と称した。本尊ならびに中山三祖日祐聖人自作の祖師像がある。
 江戸時代に、将軍秀忠および家光が、当所巡遊の折の御善所となり、八世日芸聖人の大宇都宮釣天井予言の功により、寛永元年(1624)、現寺号を賜り、徳川家祈願所位牌安置所となる。したがって当寺は、葵紋の使用を許された。
 寺宝として、日蓮聖人の断簡、将軍家使用の膳わん一式、徳川家光慶喜加藤清正等の書軸などがある。
 なお、現在の諸堂宇は、鐘楼を除き、昭和以降の造営である。


鐘楼


郷土芸能 嶋根歌舞伎発祥公園之地

今ではもう行われていないとのこと。
こちらに詳しく乗っていた。
嶋根歌舞伎発祥公演之地 - 発祥の地コレクション


仁王門


山門







◆将軍家御成橋・御成道松並木跡

日光街道の西を流れる千住堀にかかっていた橋がかつてあった跡とのこと。
公式なWEBサイトが見当たらないので、ブログを参考にした。


参考
温泉と歴史探訪 御成橋・御成道松並木跡
江戸史蹟散歩 島根六月寺めぐり散歩�@




この先に「国土安穏寺」があるので、参道入口といったところであろうか?
ご存じの方がいらっしゃったら教えてください。
ぺこ <(_ _)>







◆大和湯

銭湯♪








◆島根住区センター

足立区のHPに詳細が載っている。
島根住区センター|足立区







◆赤羽家(牛込家)長屋門

現在はスーパーになっている。
調べると門はかなり最近取り壊されたらしい。
「赤羽家 長屋門」取り壊しへ(足立区島根) - 足立区発!



スーパーの中に、長屋門があったことを記すモニュメントがあった。



 この長屋門は近世の島根村の人々に「金武様」の通称で知られていた牛込家のものであった。建築年代は定かではないが、飾り金具の形状や和釘の使用から幕末と推測される。その後赤羽家が昭和十四年に屋敷とともに買い受けたものである。
 この長屋門中央に取り付けられていた両開きの大扉を、跡地であるこの場所に残し、歴史を受け継いでいく。






続く。