2022/01/01 墨田区横川散歩 02 首都高速7号小松川線/牡丹橋/伏見稲荷神社/江東橋公園/国産マッチ発祥の地/江東橋/大横川親水公園

錦糸町駅西側エリアを散策。





首都高速7号小松川

コチラをくぐって道路の反対側(南側)へ
















◆牡丹橋



牡丹橋親柱モニュメント
 ここにあった牡丹橋は長さ35.29m、 幅員11.00mの鋼橋 (3径間鋼板ゲルバー桁橋)で、関東大震災の復興事業により昭和4年に架けられました。 橋名の由来は橋の南側にあった「壮丹園」を由来としています。牡丹園は明治になって開かれ、 季節になると多くの見物客で賑わいましたが、関東大震災で焼失し今はその名だけを橋名にとどめています。
 社丹橋は江東内部河川整備に伴い、 平成2年にその役目を終えて撤去し、新たに道路として整備されました。
 永い間、親しまれた旧橋の面影を蒸い、橋名板と親柱の一部を残してその歩みを記します。














伏見稲荷神社













◆江東橋公園













◆国産マッチ発祥の地



『『国産マッチ発祥の地』(こくさんマッチはっしょうのち)は、東京都墨田区江東橋にある記念碑である。
概要
日本で初めてマッチを生産した新燧社の所在地を記念するもので、1986年に建立された。
1876年に清水誠が当時の本所柳原町に設立した新燧社は日本最初のマッチ製造企業だったが、その正確な所在地は清水誠顕彰会の努力により突き止められた。現在の東京都立両国高等学校・附属中学校の敷地がほぼ含まれる。
記念碑は高校の校庭に位置し、四角い黒い石材に「国産マッチ発祥の地」と刻まれている。
なお、清水は新燧社を設立する前の1875年に、三田四国町(現在の港区芝)にあった吉井友実の別邸にてマッチの製造販売をおこなっており[2]、厳密に言えば「最初の国産マッチ製造場所」とは異なる。 』
国産マッチ発祥の地 - Wikipedia


東京都立両国高等学校・附属中学校の敷地内にある。
学校の縁覚が隣に設置されていた。













◆江東橋













◆大横川親水公園














続く。