2022/03/09 神田泉散歩 浅草橋駅/扇稲荷神社/柳北公園/金綱稲荷神社/和泉公園/思い出の佐久間記念碑/伝串

お休み♪
秋葉原で友人と呑む前にちょこっと散歩。





浅草橋駅

JR総武線浅草橋駅













◆扇稲荷神社



當所正一位扇稲荷神社は桑名藩松平家江戸屋敷上屋敷中屋敷下屋敷)の邸内に鎮座してありたるところ明治戊辰の事変により皆天朝に収められた其の後更に今の新福井町の邸を下賜せられし時旧邸にありし稲荷社を新邸に移されたものなり
新福井町松平家新邸は元久保田藩佐竹候の旧邸地なり大正十二年九月一日関東大震災で社殿及び御神体までも焼失せりたとえ御神体は焼失すとも御神霊は消滅するものにあらずと昭和六年奉齋並びに敬神の念篤き睦会により再建し現在に至る
御守護 火防、家内安全、商売繁昌












◆柳北公園


柳北小学校の碑











◆金綱稲荷神社



 ここに鎮座まします神様は、お位では正一位の極位格式本大斉祀式の最高「金綱稲荷大神」と申される神様でおわします。
 この神様の親神様は、伏見稲荷大神であらせられまして、五穀豊穣を守る農耕の神、衣食住の神と仰いで崇敬され、更に商売繁盛の神、産業護の神、道中を守護する神と信じられ、今日的には生活守護の神、交通安全の神と崇め奉られているのであります。然して、金綱稲荷大神様が、この地和泉町に外まつりとして奉祀されるに至りました経緯は、遠く三七九年の昔に遡及することになりますが、それを要約いたしますと、日本通運の先祖に当る飛脚問屋京屋弥兵衛という方が、徳川幕府から免許をうけて、大阪(浪花)、京都(京)、東京(江戸)間の運送事業を開始することになりましたものの、当時の世相は未だ物情騒然として治まらず、人様から頼まれた大切な信書や金銭それに貨物などを、安全正確に送り届けるにはどうすればよいか、ということについて苦慮されたのであります。そのとき、京屋弥兵ヱの脳裏をかすめ閃めいたのは、伏見稲荷大神様が、中世のころ、熊野信仰がさかんになるにつれ、熊野参詣の道中を守護された道中安全の神様であらせられることを想起し、これは伏見の親神様にお縋りし、ご助力を祈願するに如かずとし、京屋は常日頃から伏見稲荷大社に参拝、同神様を信仰していたものの、これでは信心が足りないとして、同神社から大神様の"みたま"を勧請し、日夜自店にあって修行されたのであります。ところが或る夜の夢枕に王冠白衣のご神霊が立ち給い「汝の篤信のためで、汝に黄金の綱を授けるものなり、ゆめゆめ疑ごうことなかれ」とのご託宣がありましたので、恐懼再拝、感激極まりなく、早速自店で奉祀している神様に「金綱」の名前をつけ、これが金綱稲荷大神と称えるようになった由来であり、前にも増して信仰に励んだのであります、尓来、金綱様のお導きにより、京屋の飛脚は、道中における山賊や護摩の灰からの人災は皆無となりましたが、これは"厄除け""交通安全"につながり、従って無事故は信用を倍化し、顧客が増えれば"商売繁昌"につながるとして店栄えるに栄え、なおかつ誠心誠意、人間性的な事業経営は信仰に繋がるものとして、これを「業即信仰」と称え、これを金言として子孫に伝え、子孫またこれを実践躬行しましたので、京屋飛脚問屋は明治四年陸運元会社に吸収統合されるまでの二七一年もの長い間、連綿と続いた老舗となったのであります。続いて統合の結果金綱稲荷神社の祭主は時代の変遷に伴い、京屋から陸運元会社、内國通運、国際通運、日本通運と移り変りましたが、その祀り方におきまして、内まつりから現在の外まつりと変ったのであります、その理由は定かではないが、推測するに、大正初期の内國通運神田支店(現在の秋葉原支店)は、聖なるところに畄まれるという観点からと、地域社会一般の人が参拝するに過した地点をということで、現在の場所を選ばれたと思うのであります。その結果は、毎年の初午祭には盛大な祭典が行われ、地元町家一般の参拝は日に月に激増し、神田一帯の信仰を集めるようになりましたが、これもご利益を授け給う灼かな神様であることが理解されたからであります。その灼かさにあやかりたく、日本通運では新造船に「金綱丸」と命名し、航海の安全を祈ったところこの金綱丸に限り就航以来一度の海難事故はなく、全く以って奇跡といわれているのであります。また、外まつりとなられた金綱稲荷大神は地域住民社会一般の方々に対しましても、人によって差別をつけられることなく祈願によってご利益を授けて下さるものでありまして、あの大正十二年九月一日の大震災のとき、猛火は殆ど神田一面をなめつくし、今にも和泉町に延焼しようとしたその刹那、俄かに神田川沿いの屋上に霊狐が現われ、頻りに炎上する火焔に立向い、それを追い拂う所作をされていましたがその神々しいお姿を、自分はこの目でまざまざと見上げたものだとは、当時穀商の鈴木四郎氏という方の話として、今に残っている逸話でありますが、これは神様は平等にご利益を垂れ給う好い一例であるのであります。このように、金綱稲荷大神様にまつわる話は、枚挙に遑ありませんが、要するにこの神様は、ご利益を祈願して成就せざることなしとの灼かな神様であらせられますので、この神様を礼拝され、広大なご神恩を鑽仰されますこと祈念する次第であります。


草木塔

 草木塔(そうもくとう)は、江戸時代から山形県多摩地域で継承されてきた、この地方特有の文化遺産であり、伐採・採取された樹木や草花を供養するために建てられたものがはじまりとされています。
 自然への感謝と草木へ畏敬の念が込められており、現代の自然保護や環境保全の考え方にも相通ずるものがあります。
 弊社では、環境保全・社会貢献を目的として山形県飯豊町「日通の森」森林育成活動に取り組んでおります。
 このたび、活動10周年を記念して飯豊町「日通の森」と本社に草木等を建立しました。
※石碑は山形県飯豊町で採取した医師を使用しております。











◆和泉公園











◆思い出の佐久間記念碑












◆伝串

今回お店の写真を撮らなかったので、2/27に撮ったものを・・・。

今回撮った写真












秋葉原駅

JR秋葉原駅











天気も良く、飲んだお酒も美味しくて良い一日であった。