2022/03/11 根岸散歩 02 ゆっくりよく見て根岸/鶯谷健診センター/萩の湯/八二神社/稲荷神社/寛永寺坂/鶯谷駅

まだまだ山手線沿いに南東へ歩いて、鶯谷駅へ到着。





◆ゆっくりよく見て根岸

 正岡子規は明治二十五年に根岸に転居し、明治三十五年九月十九日に亡くなるまて、この根岸の地で彼の生涯の文学活動の大半を行いました。また、根岸に住むことを誇りに思い、吸さえあれば根岸周辺を散歩して、俳句を泳みます。少くことができなくなれば人力車で出かけ、それもできなくなれば人力車で出かけ、それもかなわなくなれば六畳の病床に聞こえてくる町の音に耳を登まし、根岸の光景を思い出しながら俳句を詠みます。
 私たち根岸子規会は、地域の方々の協力のもと、子規の俳句を根岸の街角に貼りました。また今年は今まで顧鎮みられることの無かった史料をもとに、当時の景観の再構成を試み、「根岸前四郎近傍回」を作製しました。子規の住んていた上根岸は言問通り·尾竹橋通り·尾久橋通りの開通、鉄道用地の拡幅、前四郎·諏訪郎の開放により大きく変化しました。しかし、切れ切れになりながらも驚横丁·程横丁根岸中道は残っています。街角の「近傍図」を見ながら、子規に会おうと夏目款石高浜庭子。長塚節等が歩いた道を辿ってみまセんか。










鶯谷健診センター









◆萩の湯

銭湯♪










◆八二神社



当神社は明治五年四月(元加賀百万石藩主)前田公が当地に移住せられこの地を根岸の里と称し屋敷内に社殿を築造して
 八坂大神(悪疫防護-・無病息災・健康紹運を祈る)
 稲荷大神(商売繁盛:家内安全を守る)
 菅原大神(文教の守護と進歩発展を祈る) 殊に受験の神様である。
この三神を守護神として祭り三神社と称しております。毎年祭典を挙行して住民の安全と幸福を祈願せられたのであります。
大正十三年前田公は屋敷を開放し土地を住民に分譲すると同時に三神社を八二神社と改称し神社の守護を住民になさしめ毎年二月十一日を例祭日と定めたものであります。現在の社殿は昭和六年九月に竣工したものであります。関東大震災並びに大東亜戦争等にも少しの被害を受けなかったことは三神社の守護によるものと信じられ益々信仰を篤くするものであります。









◆稲荷神社










寛永寺

線路上の橋が寛永寺坂。










鶯谷

JR山手線鶯谷駅。


近くにあった地図









続く。