2022/04/12 北砂散歩 01 住吉駅/日の出湯/蛤塚/アサヒペン/小名木川橋/小名木川クローバー橋/釜屋堀子育地蔵

電車移動。
押上駅経由で東京メトロ半蔵門線住吉駅へ。
駅周辺を散策しブラブラしながら小名木川橋まで南下後は小名木川沿いに東へ移動。
小名木川クローバー橋は渡らずに今度は横十間川を北上。






住吉駅

スタートの東京メトロ半蔵門線住吉駅





近くにあった地図










◆日の出湯

銭湯♪












◆蛤塚

「やき蛤」というお店前にあった。













アサヒペン

前にも写真を撮ったことがある。
2018/03/02 大島散歩 05 アサヒペンAPビル/五百羅漢道標/五本松跡/小名木川橋/猿江二丁目公園/地蔵堂 - ovanの社会科見学









小名木川

下は小名木川




藤棚



これからかな?


五百羅漢道標/五本松跡


五百羅漢道標

 五百羅漢道標は、五百羅漢寺への道筋を案内する道しるべです。かつては、現在地より50mほど東にあった庚申堂の前に、川に面して建てられていました。正面には「是より五百らかん江右川[ ](通) 八町ほど先へ参り[ ](申)」、右側面には「此横道四ツ目橋通り亀戸天神□」とあり、亀戸天神への道も示しています。
 造立年代は不明ですが、左側面の銘文により享保十六年(1731)、寛政九年(1797)、文化二年(1805)の計3回再建されたことがわかります。現在の道標は文化二年(1805)に再建されたものです。
 五百羅漢寺とは、明治二十年(1887)まで現在の大島4-5付近にあった、天恩山五百阿羅漢寺(現在は目黒区に移転)のことです。堂内に安置された536体の羅漢像やらせん状の廊下をもつ三匝堂(通称さざえ堂)が有名で、亀戸天神と並び多くの参詣客を集めました。
 この道標は、川沿いの道を歩く人はもちろんのこと小名木川を船で訪れる人の目にも留まるように建てられていました。陸上と水上の両方の道を対象とした、水路の恵まれた江東区ならではの文化財です。

2017/02/19
http://d.hatena.ne.jp/ovanrei/20170219/1487935705
目黒に移った「五百羅漢寺」は、この時に行った場所だと思われる。


五本松跡

江戸時代この付近から東にかえて小名木川の河畔に老松があり小名木川の五本松として有名となり地名ともなったほどであってその一本の松が九鬼家の屋敷から道をこえ水面を覆っている風景が江戸名所図会に描かれ、錦絵などにも取材されたが明治時代にいたって枯れてしまった。










小名木川クローバー橋

下は小名木川
真上から見ると「×」型になっている橋。
今回は渡らなかった。











◆釜屋堀子育地蔵



 大島橋が最初に架けられたのは、元禄13年(1700)で、場所は今より南の横十間川小名木川に合流するところであった。小名木川に沿っていた行徳道をつなぐ役割を果たしていた。現在地に移されたのは、昭和2年(1927)7月のことである。
 この付近は、かつて鋳物師の釜屋六右衛門・七衛門の工房があり、多くの名作が生み出された。五百羅漢寺(大島4丁目付近)への参詣の道でもあり、釜屋堀子育地蔵堂には、「五百らかん道標」(文政12年〔1829〕)が残っている。










続く。