2024/03/13 松倉山馬頭観音





開基
奈良時代の高僧行基が諸国に仏事を広めるため養老元年(717年) この地、高館山に来国し観音堂を建て開基となっております。
尾浦城時代は武藤氏か尊崇し大変繁昌しましたが武藤氏滅亡後は想像し難い法難を受けたことが伝えられており、三〇〇石が没収され、大山の栗本邸に遷座されたといわれております。
其後幾度かの災厄にあい、現在の御堂は宝暦四年のものです。
屋根上の露盤は大山鋳物師、伊藤備中守藤原朝臣家清の作であり、本尊は馬頭観音といわれていますが、聖観音であります。
正面の額は源忠良 (酒井家十六代)の書であります。
ご祈祷を業としていたが明治に入って廃寺となり、農耕馬、徴兵馬等の信仰が厚く、馬車曵連の記録もあります。
地元の方々が、毎月御堂に集まり御詠歌を上げ、敬虔なお祈りを百年以上にわたり続けております。

仁王門、仁王像
境内に入ると円柱八脚の山門があります。
慶応三年の創建で勾配の美しい入母屋造りで正面には波に鶴亀左右には松の浮彫がしてあります。
仁王像は身丈二六〇糎、足平四五糎の堂々たるお姿です。
北越大川住 後藤重太郎定融の作とあります。

繩巻地蔵さま
一見どこにもある地蔵さまのようですが胴には幾重にも縄が巻かれお顔もはっきりしませんが、笠塔婆か六面幢ではないかともいわれております。
覆堂の合掌には酒ガメの彫刻が飾られ酒屋町らしい建物です。

縁の下地蔵さま
観音堂の階段の下に石造りの厨子があり小さな地蔵さまが祀られております。
子供の夜泣きにご利益があり子を持つ親の厚い信仰をうけています。
お詣りする人は人に見られないと御利益があるそうです。
七月十七日には、参道に地口灯ろうが並びろうそくの明かりで墨絵の観賞や、仁王さまの股くぐり等でにぎわっています。





◆縄巻地蔵尊(六面幢)



縄巻地蔵尊(六面幢)の由来
地蔵信仰は地蔵様が六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人道・天道)を輪廻転生する衆生をすくうことから起ったといわれています。本来六面幢であったと推定されるこの縄巻地蔵尊は、栗本家文書によれば、かって松倉山に馬頭観音(鎌倉中期作)と共に祀られていましたが、元和四年(一六一八)京都東寺(真言宗本山の陽海上人によって現在地に遷座されたものです。
 繩巻地蔵尊は、人の道にはずれた行為に対する罰を私達の身代りになって受け、永年の間風雨にさらされながら衆生三世の幸福を守り続けた結果このようないたましいお姿になられたものでありましょう。
 平成九年繩巻地蔵尊および地蔵尊座像は駒沢朝霧氏、覆堂は馬頭観音講中のご芳志によって新しく作りかえられました。





◆仁王門





◆山門





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