まだまだ墨田区立花を散歩。
中平井橋を渡って江戸川区に戻る。
◆立花白髭神社
神楽殿
◆立花いこい公園
吾嬬第二ポンプ所の屋上が庭園になっていた。
公園は広々としており、スカイツリーが見える。
休日のこの時間に人が居ないのは寂しいね・・・・。
◆吾嬬第二ポンプ所
こちらがメインのゲートかな?
WEBで調べても下水道の施設というところまでしかわからなかった。
「吾嬬」というのが読み方とか由来がわからなかったので調べた。
読み方は「あづま」
吾嬬町(あづままち)が、東京府南葛飾郡にかつて存在した町とのことだった。
◆旧中川河川敷
河津桜が咲きかけていて、綺麗だった。
なんの鳥さんだろう?
わかる方教えてください(o*。_。)oペコッ
左側に見えるのが「ゴルフクラブ イースタン」
中央に見えるのが「隅田清掃工場」
この煙突はかなり遠くらから見えた。
隅田清掃工場の手前に架かる橋は次の「中平井橋」
中平井橋は、昭和十三年七月に完成し、長い間墨田区と江戸川区を結ぶ橋として貴重な役割を担ってきました。
しかし、完成後六十年以上が経過し、老朽化が進んだため、墨田区と江戸川区共同で、平成十四年より、架け替え工事に着手し、平成二十年三月に完成しました。
新しい橋は、両側に歩道を設け、歩行者や自転車が安心して通行できるようになりました。また、地域のシンボルである桜を、橋桁の色や親柱のデザインなどに表現しました。
この橋の完成により、両区の結びつきがますます繁栄されるとともに、さらなる発展を託し、これを誌します。
<中平井の渡し>
江戸時代、江戸川や中川には、橋を架けることが許されず、もっぱら渡しによって交通が支えられていました。
中川筋では「平井の渡し」「逆井の渡し」「番所の渡し」がありましたが、明治以降主要な道筋には橋が架けられ、永い歴史を持った渡しも廃止されていきました。しかし、橋の数は現在とくらべれば、格段に少ないので、脇道には昔のまま渡しが残され、新たに設けられる渡しもありました。
「中平井の渡し」もそのうちのひとつで、大正五年に設置され、平井村と吾嬬村の間を結んでいました。中平井橋ができる昭和十三年まで、深野七五郎氏により運行されていました。
続く。