中川橋で中川を渡り、さらに西ヘすすむ。
昔日当地は池沼が多く、旧農に「池ッ端」の家号が現存する。
当処はその大池の続きらしく近年まで農工具や農作物の洗い場となっていた。ために周囲も多湿で爬虫類が生息闊歩していた。
当祭堂に其拔穀が合祀してあり、その約一丈ほどもある長さに当時をしのぶものがある。近年その住宅化は進み彼等もまた過去のものとなった。小生はこれを憐れみ、小池を掘り、小山を築きそこに少さな祠を建立した。長遠山佑上人之を妙法清水大竜神と名し、それを安んじ家内安全と家業の偉業を祈念した、
それより二十年の清掃を得てこの拙文を誌し萬人この利徳を浴せんことを希(こいねが)い懐かしき葛飾野を回想し、この瑞龍を皆帰妙法に結ぶ。
◆社
草がぼうぼうだったので中には入らず外からお参り。
何が祀られているのかはわからなかった。
~中川の歴史~
中川は、埼玉県おまび東京都を流れ東京湾に注ぐ一級河川であり、利根川水系の支流です。 起点は埼玉県羽生市街地にあり、起点を示す石標が設置されています。
江戸時代初期までは利根山川や荒川の本流でしたが、利根川の東遷事業などで本流が変わり、 隅田川と判根間の間を流れる川で「中川」 と呼ばれるようになりました。
江戸時代の中川には橋がひとつもなく、当時の中川橋周辺には、 旧水戸街道の亀有村と対岸の新宿町を結ぶ「新宿の渡し場」 がありました。近くには「紫又の帝釈天」があることなどから、参拝客や街道を往来する人で大変賑わっていたようです。
~タブの木の経緯~
中川橋素橋詰にあったタブの木は、 昔から街道を往来する人々の道しるべ”であったと伝えられており、地元住民から長く親しまれてきました。
しかし、平成4年から始まった中川橋架替え事業に伴い行った樹木調査の結果、移植が不可能な状況であったため、 やむなく伐採されることとなりました。
現在植えられてるタブのホは、 伐採に先立って穂を採取し、育てた苗木です。また、” 旧中川橋の名残”として、 苗木の他、 以前のタブの木の一部で製作したモニュメント、及び旧中山橋両岸の親柱を設置しております。
◆イトーヨーカドーアリオ亀有店
お酒補充(w
◆亀有上宿七福神 大黒天
この前の日記では6つまでしかみつけられていなかった。
これで全部そろった。
2021-09-06から1日間の記事一覧 - ovanの社会科見学
◆本田像
こちら9/6に写真を撮った。
もう目の前に上記の大黒天様がいらっしゃったんだね・・・。
全然気が付かなかった(汗
2021/09/06 亀有散歩 02 亀有名画座跡/本田像/弁財天/亀有上宿商店会/布袋/一里塚跡・水戸黄門の石像/恵比寿天 - ovanの社会科見学
続く。