2023/01/13 虎ノ門散歩 02 新聞創刊の地/贈正四位江藤新平君遭難遺址碑/江戸城外堀跡 溜池櫓台/KEY TO THE SUN/旧文部省庁舎/沖電気工業㈱ 本社/虎ノ門駅

前の日記からの続き。
https://ovanrei.hatenablog.com/entry/2023/01/13/220000




◆新聞創刊の地

 洋学者子安らが 当時虎の門琴平町一番地の旧武家長屋に わが国初の本格的な大衆啓発紙読売新聞を創刊したのは明治七年(1874年)十一月二日である
 江戸時代の情報伝達形式であった「読売瓦版」から名をとって運号と漢字にふりがなを施した平易な新聞として出発した創刊のころ漢宇教育を与えられていなかった市民から 町名番地にちなんで「千里を走る虎の門 ことにひらがなは一番なり」と歓迎された
 維新後の東京に発祥した開明的な大衆紙から 今日に至るまで題号を変えず全国紙に発展したのは わが国新聞史上類例のないことである

そういえば、読売新聞さんに見学に行ったことがある。
2017/03/23 読売新聞社内見学 - ovanの社会科見学







◆贈正四位江藤新平君遭難遺址碑







江戸城外堀跡 溜池櫓台跡



 溜池櫓台跡は、 江戸城外堀に3つ設けられた隅櫓のうちの1つです。 江戸城隅櫓はいずれも主要な道に面した場所につくられていました。 残る2つの隅櫓は、筋違門と浅草門に所在していましたが、 どちらも取り壊されており、唯一この石垣だけが現存しています。 ただしこの櫓台も、以前は西側に溜池落口の櫓がもう1つあり、 一対だったようです。
 一対の溜池櫓台は、1636年(寛永13年)に因幡鳥取藩(現在の鳥取県)藩主池田光仲によって構築されたという記録が残っています。かつて、この地点は近世初期には外桜田門を起点とする小田原道が通り、溜池上水の起点にもなるなど、 江戸城の防備と都市政策の両方にとって重要な地域でした。 地形の上でも、この地点は西側に広がっていた溜池一帯を見下ろすことができる位置にありました。
 溜池及び周辺の堀は明治時代に埋められましたが、 近隣の文部科学省構内には3か所の石垣が残っており、 かつての外堀の姿をしのぶことができます。







◆KEY TO THE SUN



斎藤 智 作 

同姓同名の方がいらっしゃるようで、その中で参考にできそうなのはこちらだった。
独立行政法人国立美術館・所蔵作品検索



後の建物は「みずほリースビル」でみずほリース(株)の本社が入っている。

『みずほリース株式会社(英文名称:Mizuho Leasing Company, Limited)は、東京都港区に本社を置く業界大手総合リース会社で、みずほフィナンシャルグループの持分法適用関連会社。 丸紅と提携。 』
みずほリース - Wikipedia






◆旧文部省庁舎






沖電気工業㈱ 本社






虎ノ門駅

東京メトロ銀座線虎ノ門駅







何度も来ている場所なのにまだまだ新しい発見があるね・・・・。
大規模な工事が一段落したら、またあたらしい史跡が出るかな?
他の式な地区ではあるね。