2023/03/29 真蔵院




川崎平右衛門供養塔



 川崎平右衛門定孝(一六九四~一七六七)は、押立村(府中市) の名主で、元文三年(一七三八)の武蔵野新田の大飢饉に際し、私財を投じて救助にあたりました。その功により幕府の武蔵野新田世話役に登用
され、南・北武蔵野新田八十二か村の復興に力を尽くしました。当時、ここから西へ約四百メートル程のところに南武蔵野新田開発のための陣屋が置かれ、平右衛門の手代高木三郎兵衛が常駐していました。
 この供養塔は、寛政七年(一七九五)、関野新田・鈴木新田等に入植した農民が川崎氏の生前の徳を偲んで建てたものです。碑には平右衛門の戒名(霊松(大居士)院殿忠山道栄居士)と命日(明和四丁亥(ひのとい)天六月初六日)が刻まれています。





◆百番供養塔





◆石塔等





◆山門





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