2023/11/04 赤城神社


鎌倉時代の正安2年(1300年)、上野国赤城山の麓から牛込に移住した大胡彦太郎重治により、牛込早稲田の田島村に創建されたと伝わる。文安元年(1444年)には、大般若経が奉納された。 寛正元年(1460年)、江戸城を築城した太田道灌により牛込台に移された。その後、弘治元年(1555年)、大胡宮内少輔により現在地に移される。江戸時代には徳川幕府によって江戸大社の一つとされ、牛込の鎮守として信仰を集めた。
『江戸名所図会』では「赤城明神社」として紹介され、大胡重泰(おおごしげやす)により創建されたこと、牛込の鎮守であり別当寺は東覚寺(天台宗)であることなどが記されている。 』
赤城神社 (新宿区) - Wikipedia



お祀りしている神様
「磐筒雄命」 (いわつつおのみこと)
合殿
赤城姫命」(あかぎひめのみこと)
後伏見帝の正安二年九月、上野国赤城山なる赤城神社の分霊を今の早稲田鶴巻町の森中に小祠を勧請。其後百六十餘年を経て寛正元年太田道灌持資が牛込毫へ遷座。其後大胡宮内小輔重行が神威を尊び今の地に、始めて「赤城大明神」と称えるようになった。かくて天和三年幕府は命じて江戸大社の列に加え、牛込の総鎮守となる。

螢雪天神 本宮
ご祭神 菅原道真
かつて横寺町に鎮座し朝日天満宮と称され、江戸二十五社の一つに列しておりました。その後信徒なき為、明治九年三月當境内にご遷座。先の戦災により焼失したものを、平成十七年十月現在横寺町にある旺文社の御寄進により『螢雪天神』として復興した。 『螢雪』とは中国の故事で、苦労して勉学に励む事を意味します。 『学問の神様』として全国の受験生の皆さんを応援しています。

赤城出世稲荷神社
ご祭神 宇迦御霊命(うかのみたまのみこと)/保食命(うけもちのみこと)
赤城神社が当地にお遷りする以前(弘治元年 1555年)から牛込の鎮守とされ、奉祀してきた産土神です。 出世開運、五穀豊穣、商工業繁栄のご神徳があり、サラリーマンの出世祈願、 神楽坂商店街の商売繁盛で人気があります。

八耳神社
ご祭神 上宮之厩戸豊聰八耳命(うえのみやのうまやどのとよとやつみみのみこと)
(別称:聖徳太子)
一般に八耳大神として親しまれている。聡明な知恵を授かるご利益があり、なにか悩み事がある時は「八耳様・八耳様・八耳様」と三回唱えてからお参りすると、自ずと良い考えが浮かぶと伝えられる。
また耳の神様として広く信仰を集め、耳の病気や煩いを治してくれるとして、 全国各地から参拝に訪れている。

葵神社
ご祭神 徳川初代将軍徳川家康
牛込西五軒町天台宗宝蔵院に鎮座していましたが、明治元年神仏混合を廃止された際に常境内へ遷座。かつての祠は明治十八年に御造営したが戦火に焼失。平成二十二年秋に再建された。





◆蛍雪天神

今回撮らなかったので2017/05/16の写真。




東照宮/出世稲荷神社/八耳神社



赤城出世稲荷神社
ご祭神 宇迦御霊命(うかのみたまのみこと)/保食命(うけもちのみこと)
創記は詳らかではありませんが、赤城神社が当地にお遷りする以前(弘治元年1555年)から地主の神と尊ばれ鎮座。出世開運のご利益があるとして大名・公家の崇敬を受けておりました。
また穀物・食物を司る神様として、五穀豊穣、衣食住、商工業繁栄のご神徳を備えておいでです。現在は神楽坂商店街などの商売繁盛と近隣サラリーマンの崇敬を集めております。戦前まで5月5日の例祭日にはお神楽が奉納されていました。

八耳神社
ご祭神 上宮之厩戸豊聰八耳命(うえのみやのうまやどのとよとやつみみのみこと)(別称:聖徳太子)
戦火で焼失した昔の「太子堂」です。 この八耳様(やつみみさま)は「あらゆる事を聞き分ける天の耳」を持つ聖徳太子であり、聡明な知恵を授かることができます。なにか悩み事のある時は「八耳様・八耳様・八耳様」と三回唱えてからお参りすると、自ずと良い考えが浮かぶと伝えられる。また耳の神様として広く信仰を集め、耳の病気や煩いを治してくれるとして、全国各地から参拝に訪れている。
合殿に大国主大神、丹生大神を祀ります。

葵神社
ご祭神 徳川初代将軍徳川家康
牛込西五軒町天台宗宝蔵院に鎮座していたが、明治元年 神仏混合を廃止された際に當境内へ遷座。徳川家初代将軍として江戸時代の政治、文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。かつては江戸市民の家康公への信仰の対象でしたが、現在は神楽坂の「東照宮」として親しまれ、学問と産業の祈願成就を願って、参拝する方に心の安らぎを与えてくれます。





赤城山と大百足



赤城山と大百足 作島 久幸
昔、赤城山の神様は「ムカデ」となり中禅寺湖の領有をめぐり、二荒山の「マムシ」となった神様と戦いをされました。これが奥日光の「戦場ヶ原」の由来となりました。
この百足を撫でご祭神のお力を戴き、ご本社や末社をお詣りください。
今回、氏子会長の飯島光幸氏がコロナウィルス感染症鎮静を願って寄進されたものです。




◆觀音菩薩立像/俳人巻河の碑



觀音菩薩立像
赤城神社の北に位置した宝蔵院(今の西五軒町にあたり、現在は廃寺となっている)より移された。
舟形光背には「慶長十八丑年五月十六日」(一六一三)と刻まれている。
ふっくらとしたお顔立ちで全体におおらかな雰囲気の菩薩像である。

俳人巻河の碑
巻阿は江戸期の俳人であり、幕府の家士でもあった人物。
「梅が香や水は東より行くちがひ」
「遠眼鏡には家もありかんこ鳥」
「名月や何くらからぬ一とつ家」
「あるうちはあるにませて落葉哉」
の四句が刻まれている。




◆鳥居




場所はコチラ








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2017/05/16 日記のアーカイブ
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赤城神社

立派なんですが、コンクリート感が・・・・・






蛍雪天神



東照宮/出世稲荷/八耳神社