2022/11/27 新宿諏訪神社


2018/06/05撮影。
今回は七五三で写真撮影をしていたので、拝殿を撮れなかった。

諏訪神社(すわじんじゃ)は、東京都新宿区高田馬場にある神社。JR・東京メトロまたは西武鉄道高田馬場駅の南東約350mの市街地に鎮座する。 徳川家の鷹狩と深いつながりを持ち、絵馬などが保管されている。古より眼病・諸病に霊験有りとする地下霊水が湧き出している。 』
諏訪神社 (新宿区) - Wikipedia




鎮座ノ儀ハ弘仁年中従三位左大瓣小野篁朝臣祭祀ト言承和年中真雅僧正再営ト言。永承年中源頼義父子奥羽征伐ノ時祈願有テ凱陣ノ節武器ヲ納ム。人皇八十二代後鳥羽院御宇文治五年春源二位頼朝郷奥州発向ノ時祈願有テ凱陣ノ後社殿造営ス。応仁三年春太田持資再営ト言。寛永年中将軍家光公再営ス。明和年中将軍家治公鷹狩ノ節御成之当社ノ神ヲ御城庭ヘ遷座ノ上意ニ付紅葉山吹上両御庭ヘ遷祭ス。天保十三年松平出羽守ノ依頼ニ依テ赤坂邸内ヘ遷祭ス。明治十五年諏訪森近衛射的場出来同年十一月射的砲術天覧シテ明治天皇御幸ノ節当社ヘ神酒鴨ヲ被献。明治四十年当社修繕ノ際近衛各卿隊ヨリ金品ヲ寄附セラル。同年五月幣帛供進神社ニ列セラル。





明治天皇射的砲術天覧所阯



聖跡
明治天皇射的砲術展覧所址
明治十五年十一月九日近衛射的場開場式ニ臨御同十五年十一月二十九日射的砲術を天覧アラサレタ所ナリ



 明治十五年、諏訪の森近衛射的場が神社前に出来ました時、明治天皇行幸があり、当社境内よりその射撃演習を御覧になられました。その折、畏くも天皇より神酒、鴨を賜り、氏子の歓喜、感激は大変なものでした。その後、御社殿の屋根には菊の御紋を付ける様になり、又射的場にみえられる各宮殿下には、皆当社の社務所に御休息遊ばされました。
只今拝殿に掲げてある神号額も小松宮彰仁親王殿下の御真筆であります。 昭和十八年には当天覧所吐は東京都より行幸史跡に指定されました。





◆手水社(諏訪の霊泉)



この水は昔から諏訪神社の境内よりこんゝと湧き出ている霊泉です。
現在は動力で組む上げていますが、お諏訪様は龍神様(水神)としての古い信仰があり、特に眼病に効があり、又諸病にもごりやくがあると云い伝えられています。
大事にお使いください。





◆塞神三柱の塔



天和二年(1682)に造立された舟形の石塔で、中央に「塞神三柱」、その右側に「諏訪上下大明神」および「正八幡大菩薩」、また左側には「天(以下欠損のため不明)」および「稲荷大明神」と刻まれている。
また、その上方には右に月形、左に日形が彫られている。
塞神は、村の境や峠に祀られる、境界を守護する神とされ、石塔としては江戸時代に南関東地方を中心に盛んに造立された。
諏訪神社の塞神塔は区内で唯一のもので、また、「塞神三柱」の文字が刻まれた例は少なく、大変貴重である。





境内社





◆稲荷社






◆神楽殿





庚申塔





◆神輿庫

校倉造り神輿庫
校倉とは奈良時代に神社佛閣が宝蔵として盛んに作った純日本的高床式の倉庫です。
現存する有名なものに正倉院があり、二月堂、手向山八幡、唐招提寺などの校倉も現存しています。
然しこれらの校倉はすべて木造で、これをコンクリートで作ることは、技術的にも様式的にもむずかしく、知る限りではまだ一棟も完全なものがありません。
当社では今回数少ない専門的技術人を得て、ここにコンクリートによる完全な校倉造りの大神輿の倉庫を建造しました。
大変珍しく、貴重な建物ですから大切に保存して下さい。





◆千古の森






◆鳥居





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