『渡邊家の先祖によるものが元社となっている。氏子を持たない神社(崇敬者神社)であり、厄除、交通安全の祈願も行っているほか、縁結びの神社として知られている。
「憩いの杜」とされており、栗林を利用した敷地内の各所にはキツネのパネルと自然な草花や木々があり、小金井市による「開運「小金井七福」福福コース」の最後の神社となっている。
参道の敷石は、武蔵国総社大國魂神社で古く使われていた敷石を譲り受けたものである。境内に参道敷石(稲田石)の歴史碑がある。』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%9E%A3%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
社殿周辺は、かつて栗林でした。元社への径をつけ、下草はそのままにしてあります。春になると、この径には日本タンポポがあふれんばかり!顔は知っているが、名は知らない"草々が、ここには八、九十種類芽を出し花を咲かせています。ここは、『普段顔の野草園」なに気なく入ってきて、この草こんな名前だったのか!とささやかな発見して頂ければ幸いです。
緑樹のこと
この樹は神社が鎮座する以前この場所に植えられていた楠(くすのき)です・・・・
この後の文字化を断念。
ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください。
ぺこ <(_ _)>
江戸時代の頃、渡邊家の敷地の中心であるこの辺りに邸内社として、このような形で祀ったと言われている
◆御嶽山/富士山 遥拝所
頂にある祠は全国稲荷神社の総本社である京都の伏見稲荷大社を向いています。総本社の遥拝●願掛け塚として●●●●けました。名づけて縁狐(起)塚
赤白の幟旗(のぼりばた)を稼に差し●お参●
稲荷神(倉稲魂神)の使者●京都伏見(願いを届けることでしょう
どおぞ良い縁に恵まれ●縁起の良い事があります
※●の部分判読できなかった。あと石に隠れていた。
お分かりになる方がいらっしゃいましたら教えてください。
ぺこ <(_ _)>
◆境内社
◆二之社(にのやしろ)
元社より御祭神を遷し、農工大通りを隔てた場所に鎮座していたが、管理の都合上平成二十年十二月に八重垣稲荷神社境内に移した
◆鳥居
場所はコチラ