2024/03/13 羽前大山散歩 03 明治橋/諏訪菓子舗/協立大山診療所/松尾神社/大山公園/旧鶴岡西高等学校/稲荷神社

前の日記からの続き。
https://ovanrei.hatenablog.com/entry/2024/03/13/183000





明治橋

下は大山川。








◆諏訪菓子舗






◆協立大山診療所






松尾神社



神社の創建は不詳であるが、天正年間(1573~1592)京都松尾大社より勧請されたと伝えられており、祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、後に天照大神・椙尾大神が配祀され「四柱神社」とも言われておりました。
神大山咋神は特に醸造の神として崇敬され、毎年七月十五日に祭礼がおこなわれ、戦前には出店が立ち並び宵祭に相撲、本祭に芸能が奉納されて、大山一町の祭としては最もにぎわった祭でありました。
享保六年(1721)には大山の酒造家四十二戸ほかに八戸の休株を数えており、文化五年(1808)世間不景気と米価高騰のため酒の売れゆき悪く、仕入れ困難となり、酒造家らは稼業再興のため加盟者三十九人で無尽「松尾講」を始め以後再び力をもりかえし、酒の町大山の名が蝦夷地越後・東北・江戶にまでとどろいたのでありました。
社殿は安政二年(1855)再建されたもので、その後、随時改修の手が加えられ、平成二十七年(2015)多くの方々のご協力で社殿の大改修が実施されました。


賀茂川稲荷神社







◆大山公園

別のページで。
2024/03/13 大山公園 - ovanの社会科見学






◆旧鶴岡西高等学校



 本校は昭和二十三年働きながら学ぶ向学心に燃える青年のために県立大山高等学校として発足した
当時は定時制の課程として普通農業科家庭科の三課程が設置されていた
しかし時代の要請により和三十一年から順次全日制の裾に移行し昭和三十九年に校名を県立鶴岡西高等学校と変更した
尾浦城の大山公園を背に自然豊かな学習環境で学び鍛え育った卒業生は約九千名に及ぶ
ここに五十年の校史を閉じるにあたり輝かしい歴史と伝統を偲び地跡のこの地に記念碑を建立する


校門があったあたり


学校前

パン屋さんがあったような気がするが・・・・。






◆稲荷神社



 創始年代は天文年間(1532~1554)荘内の地頭(領主)武藤氏が城を大山公園に築いて以来稲荷大明神として城内の鎮守として祀られていたと伝えられている。
武藤氏亡び最上氏、酒井氏を経て寛文九年(1669)幕府の領となり、この地に陣屋(代官の居所兼役所)が設けられた。
延宝年代(1673~1680)に大山公園に座した稲荷社を陣屋敷地に遷座し今日に至っている。
享保二十一年(1736)時の代官、日野小左エ門が神祇官に願い出て「宗源宣旨正一位」を賜り「お陣屋のお稲荷様」と称した。
社殿は嘉永五年(1852) 改造、平成十九年改築されたものである。



三吉神社屋根瓦修復への御芳志のお願いについて
 各位に置かれましては、益々ご清栄にお過ごしのこととご拝察申し上げます。
 さて、 当社 「三吉神社」 (山形県鶴岡市大山加嘉山公園内太平山地内) は、 後に羽州の太守となった武藤氏が岩清水八幡より尾浦城内に勧請し、 天正11年(1583) に部下の前森蔵人(後の東禅寺筑前守氏永) の謀反により自刃し果ててより、江戸時代において酒井備中守忠解 (父庄内藩初代藩主酒井忠勝)大山城主となり、 小祠を再興し祀ってきました。 その後に世継ぎなくして急死し、 幕府より改易の断を下され天領となり、 廃城の本丸跡地に社殿を配し、享保年中 (1716~1735) に秋田三吉神社からの勧請をいただき、 今日に至っております。
 勧請を受けた後の文政12年(1829) に雪のために大破損し、 その年に社殿を再建し、11月に竣工式を挙げ、 八幡大神末社として奉祀しました。 また、 元治元年(1864)から明治元年(1868) にかけて現在の社殿を造営し、今に至っております。
 以来、 150年余に亙って風雪に耐えてきましたが、 屋根瓦の破損等による雨漏りの被害が発覚しました。 その文化的価値 (社殿の造りや後藤重太郎定融作の彫刻) を後世に遺す上からも、 修復事業をいたすべく実行委員会を立ち上げました。
 その修復費用としては、2千万円の見積もりとなっており、広く各位様のご芳志をいただきたく、下記の通りの仕方をご提示いたしますので、何卒、ご協力いただきます様、お願い申し上げます。
 尚、 受付期間は令和5年10月7日 (土)より令和5年12月17日(日)までといたしますので、ご承知置きくださいます様、重ねてお願い申し上げます。
 尚、全国展開の「クラウドファンデング」についても実施するつもりですが、 ただ今、業者の方との打ち合わせをしているところでありまして、それが整いましたところで、お知らせ申し上げ、 実施することとなっております。


石塔


小祠




鳥居






続く。
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