2024/10/02 和泉多摩川・京王多摩川駅散歩 02 元和泉さんかく広場/田中の池児童公園/元和泉公園/高千穂稲荷神社/庚申塔/穴守稲荷分神社/狛江市立古民家園

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◆元和泉さんかく広場







◆狛江市立田中の池児童公園






◆狛江市立元和泉公園






◆高千穂稲荷神社・庚申塔

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2024/10/02 高千穂稲荷神社・庚申塔 - ovanの社会科見学







◆穴守稲荷分神社



御祭神
豊受姫命(とようけひめのみこと)

由緒略記
社伝に云う。文化元年の頃 (西暦1804年頃)鈴木新田(現在の空港内)開墾の際、沿岸の堤防しばしば激浪のために害を被りたり。或時堤防の腹部に大穴を生じ、これより海水浸入せんとす。ここにおいて村民等相計り堤上に一祠を勤請し、祀る処稲荷大神を以ってす。 これ実に当社の草創なり。爾来神霊の御加護あらたかにして風浪の害なく五穀豊饒す。その穴守と称するは「風浪が作りし穴の害より田畑を守り給う稲荷大神」という心なり。そもそも、稲荷大神は、かしこくも、伊勢の外宮に斎きまつられる豊受姫命にましまして、衣食住の三要を守り給えるいとも尊き大神なり。吾等一日たりとも、この大神の恩顧を蒙らぬ日はなく、実に神徳広大なり。
殊に当社は明治以来、大正、昭和を通じて、最も隆昌に到り参拝の大衆日夜多きを加え、境内踵を接する如く、社頭又毀賑を極め崇敬者は、国内は勿論遠く海外にも及べり。然るに、昭和二十年八月終戦にのぞみ米軍により羽田空港拡張の為、従来の鎮座地(東京国際空港内)より敗戦と云う未曾有の出来事に四十八時間以内の強制撤去を命ぜられ、同年九月地元崇敬者有志の熱意の奉仕により境内地七百坪が寄進され、仮社殿を復興再建し、現在地 (大田区羽田五一二)に遷座せり。爾来崇敬者各位の協力により、社殿、奥宮、神楽殿社務所、展示場、神輿庫、納札所等復興し、目下境内整備を実施中にして、漸次昔日の面影をとりもどしつつある次第なり。








◆狛江市立古民家園

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2024/10/02 狛江市立古民家園 - ovanの社会科見学







続く。
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