2019/12/13 砧散歩3 04 稲荷祠/岡本の冨士見坂/松本記念音楽迎賓館/岡本もみじが丘/岡本静嘉堂緑地/岡本静嘉堂文庫/岩崎家廟堂/岡本下山公園

12月09日に行きそびれた場所を巡る。
そしてお休みで行けなかった岡本静嘉堂文庫へも行く。


◆稲荷祠




◆岡本の冨士見坂




曇っていて富士山が見えなかった。
この後に行く旧小坂家住宅のガイドのおじさんも、見えるよって教えてくれた。



◆松本記念音楽迎賓館

wikiで調べた。
『松本記念音楽迎賓館は、パイオニア創業者であり、公益財団法人音楽鑑賞教育振興会の設立者の松本望・千代夫妻の居宅として建築された。2001年(平成13年)、夫妻の遺志を継いで、音楽教育の実践の場にと、一般にも利用できる記念館として開館した。 』
とあった。
最近パイオニアは元気がないよね・・・。
頑張ってほしい。

HPはコチラ↓
松本記念音楽迎賓館




◆岡本もみじが丘

この散歩で二つ目のバス停。
こちらはなかなかゴージャス(死語)造りだ。
近くには聖ドミニコ学園があり、そのために・・・・?
よくわからないので、こんなに立派になった理由を知っている人がいらっしゃったら教えてください。
(o*。_。)oペコッ



◆岡本静嘉堂緑地



かなり広く、高低差のある緑地だ。
岡本静嘉堂文庫、静嘉堂文庫美術館と岩崎家廟堂がある。



上からの見晴らしが良い。
ちょっと木が邪魔だね・・・。
天気が良ければ富士山が見えるかな?





◆岡本静嘉堂文庫



東京都選定歴史的建造物 静嘉堂文庫

設計者 桜井小太郎
建築年 大正13年(1924)4月
 武蔵野の面影をよく留める丘陵の一隅にこの建物は建っている。鉄筋コンクリート造2階建スクラッチ· タイル貼りの瀟酒(しょうしゅ)な建物で、イギリスの郊外住宅のスタイルを濃厚に表現している。
 静嘉堂文庫は、三菱合資会社の第四代社長であった岩崎小弥太が、その父爾之助の収集した日本や中国の貴重な古典籍を永久に保存し、 更に研究者に公開することを目的に建設したものである。
 設計者の桜井小太郎 (1870~1953)は、イギリスで建築を学び、英国風の落ち着いた品格のあるデザインを得意とした。 岩崎小獅太も明治33年イギリスに留学し、ケンブリッヂ大学を卒業した英国通であり、両者の呼吸が一致した作品である。 内部は玄関ホール、ラウンジ、閲覧室, 2階に応接室等があり、19世紀後半イギリスのアーツ・アンド・ラフト運動の雰囲気をもっている。


岡本静嘉堂文庫
[::image:w360]
Selkado Bunko (Japanese Literary Museum) In Okamoto
静嘉堂文庫は、岩崎弥之助・小弥太父子2代によって集められた和漢の古典籍と古美術品とを集蔵し、大正13年建築の文庫と平成4年竣工の美術館とから成る。多擎川を望む丘陵の上に立ち 深い樹林に包まれて四季おりおりの景観に恵まれている。




静嘉堂文庫美術館

写真の新館ができてから、展示会などはコチラでやっているとのこと。
静嘉堂文庫は今は一般の人が入れないらしい。







◆岩崎家廟堂

こちらも岡本静嘉堂緑地内にあり、静嘉堂文庫に隣接している。



 この奥にある青緑色のドームを戴く白亜の建物は、静嘉堂文庫を創設した岩崎禰之助の霊廟として建てられ、岩崎爾之助、小爾太をはじめ岩崎家代々の墓である。
 明治四十三年三月、わが国西洋建築の始祖ともいうべきジョサイア. コンドルによって建てられた。
 コンドルは鹿鳴館ニコライ堂三菱一号館なども設計している。
 青銅の扉に刻まれている中國二十四孝のレリーフ並びに前面の大香炉は岡崎雪瞥(せっせい)の作である。また、森の奥には、松方正義の文と書による男爵岩崎君墓碑がある。
 この霊廟は平成十一年四月東京都により歴史的建造物に選定された。







◆岡本下山公園






続く。