2023/01/13 虎ノ門金刀比羅宮


金刀比羅宮(ことひらぐう)は、東京都港区虎ノ門一丁目にある神社。敷地内には、金刀比羅宮との複合施設として高層オフィスビル虎ノ門琴平タワーがあり、社務所や神楽殿といった施設と一体化している。 』
金刀比羅宮 (東京都港区) - Wikipedia

一度お参りに来たことがある。
2017/07/11 メトロ1日券の旅 02 日本の酒情報館/虎ノ門遺址の碑/金刀比羅神社 - ovanの社会科見学





讃岐丸亀藩主の京極高和が領地・讃岐の金刀比羅大神を、万治3年(1660)に三田の江戸藩邸に邸内社として勧請、その後延宝7年(1679)に現在の地虎ノ門に移る。
こんぴら人気が高まった文化年間に京極家では毎月10日に限り一般の参詣を許し、大変賑わったといわれる。
社殿は権現造りで、第二次世界大戦により焼失したが、拝殿、幣殿の部分は昭和26年(1951)に再建された。ともに総尾州檜造り、銅板葺きである。日本最初の建築史家伊東忠太の設計校閲による建物で、我が国古来の建築技法が随所に用いられている。
なお、幣殿の奥の本殿は、昭和58年(1983)に復興されたもので、鉄筋コンクリート造、銅板葺きとなっている。





◆喜代住稲荷神社






◆結神社





◆多重塔





百度

 百度石は、いわゆる「お百度参り」の際に用いられたもので、神殿とこの石の間を往復して願掛けをしました。願掛けの一種である「お百度参り」は、江戸時代に盛んに行われましたが、特に都市部に目立つ個人祈願の一形態で、その多くは病気治癒の願掛けであったといわれます。
正面に「百度石」、背面には「大願成就 願主□心道 元治元甲子年(1864)12月吉日」の銘があり、願がかなえられたお礼に建てられたものであることがわかります。
 こうした百度石が保存されているのは、区内では非常に珍しく貴重です。





◆銅鳥居

江戸では諸藩邸内の神仏を一般に公開し、賽銭収入も期待されていたようです。
江戸庶民の信仰を反映したこの派手な鳥居は、当時の人々の宗教的・文化的活動の実態を示す貴重なものです。
この銅鳥居は、虎門外の讃岐丸亀藩京極家(約五万石の大名)の江戸屋敷に勧請された金比羅宮(現金刀比羅宮)の鳥居です。文政四年(1821)十月に奉納された明神型鳥居で、「金刀比羅大神」の扁額が掲げられています。
園中には青龍・玄武・朱雀・白虎の霊鳥・霊獣が飾られ、蚊部には奉納関係者の名前が刻まれています。願主・世話人の多くは芝地域の商人と職人でしたが、江戸市中の地名・人名もみられます。





◆参集殿





◆神楽殿





◆鳥居





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