前のページからの続き。
https://ovanrei.hatenablog.com/entry/2024/09/08/200000
◆タイムズマート杉田屋酒店

『株式会社タイムズマートは、かつて東京都青梅市に本部を置いていた日本のコンビニエンスストア[1]。南関東、東海、新潟県、近畿地方の酒販店を対象にフランチャイズ展開していた。
現在も外観をそのままにした個人店舗の存在が確認されている。』
タイムズマート - Wikipedia

「この彫刻は、羽村市が「シンボルのあるまちづくり」を進めるために設置したものです。」
◆中里介山の碑

別のページで。
2024/09/08 中里介山の碑 - ovanの社会科見学
◆聖徳神社

前に訪れたことがある。
2024/04/12 羽村・拝島散歩 01 羽村駅/青梅街道井戸跡/ポンポン堂/本町二広場/山根坂上遺跡/三春の滝桜と桜並木/聖徳神社 - ovanの社会科見学

祭神 聖徳太子は用明天皇の皇子に坐しまして御名を上宮戸豊聡耳命と申しあげます
幼少より極めて総則にして内外の学問に通し推古天皇の歌として政治を行い 冠位十二階を定め人材登用の道を開き 十七条の憲法を制定して人の道を教え諭し 法隆寺を建立して文化の発展を図り 学問工
芸技芸医薬の道を振興しました 故に古より諸職の守護神として寄きまつられて参りました
我が羽付町に於ては江戸時代後期に時の職人衆に子詩が開かれ 羽村町建設工業会に継承され百二十年に及びます。これが記念として会員相夏に浄財を寄進して神像を刻み 社殿を建立しに斎さまつり 報恩宗教の真心を捧げるものであります
◆稲荷神社(羽東)

お詣りに来たことがある。
今回はこの写真1枚だけ
2024/07/17 稲荷神社(羽東) - ovanの社会科見学
◆馬の水飲み場とお寺坂


馬の水飲み場とお寺坂
ここには、豊かな湧き水を利用した馬の水飲み場があります。 板の下に住む農家の人たちは、畑がハケ (救丘)の上にあったので、この坂を登るのに大変苦労し、肥料や農作物の運搬は、 荷車を引く馬に頼っていました。このため急な坂を登った途中に水飲み場を作り、馬をいたわりました。
明治27(1894)年に青梅鉄道が開通してからは、 多摩川の砂利を羽村駅まで運搬する馬の水飲み場としても大いに利用されました。
この坂は、近くに禅林寺があるので、 「お寺坂」と呼ばれ、 明治時代の中頃までは、 荷車がやっと通れるほどの道幅でした。
◆羽村駅





